2009.04.28 近況の続き
デジカメが戻ったので、先週上げようとしたネタを今頃になって上げてみる。
まっ、上げるのは約束していたことだし・・・。

えっと、まず
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これ何だっけ?
多分自宅で飲んだイタリアワイン。
白だっったけどそこそこ美味しかったので敢えて撮ったのであろう。
とりあえずまだワインは飲んでいるぞ、というアリバイのような写真でもある。あー目標は100本!
銘柄は、うーんと「コルテセ・デル・アルト・モンフェラート」と読める。(正確なところはイタリア語なのでまったくわからない!)
つまみはサラミとミモレット。
これは白だけどけっこう濃厚な味。数年前に買ったワインなので、いくらだったのかはすっかり忘れている。
結構お薦めのワインではある。

次は、
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例の、寺での飲み会の飲んだ酒の一群。
類似コラー似さんプレゼンツの厚木地ビールとドンペリ、その他です。
この地ビール「サンクトガーレン」は非常に美味しかったです!
なんというのだろう、独特の青臭さというかフルーティな香り、多分ホップと思うけど、もぎたてのホップを使ってそのまま仕込んだというような新鮮な味わいがあって、イイ意味での青臭さがここまで出てくるビールは初めてだったので非常に気に入りました。
フツウはホップの香りといっても「苦さ」だけだっったり、麦の香りが強すぎて何も感じなかったり(サッポロのビール工場で飲んだエビスでさえもホップの香りというよりも麦の香りという感じであった)することが多いのであるが、コレは違いました。
地ビールというと在る意味、未完成さをウリにするというか、発展途上を楽しむというか、冷たい言い方をすると、ローカルさや目先の新しさだけで内容の伴わないものが多いと思うけど、この「サンクトガーレン」は非常に完成度が高い、わかりやすく言うと、飲んべえが飲みたくなるビールであると思いました。
欲しいです。また飲みたいです。今度は暑い時期に!

一応、ドンペリの写真も
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ドンペリもこれで飲むのは何回目なのか?なんか毎回味が違う気がするのは気のせいか?
安い同社のモエ・エ・シャンドンより男性的でより線が太いとは思うが、シャンパンはよくわからないところがある。
酒の世界は奥深いってことで・・。

そんなこんなで、(なんのこっちゃ)カメラをU先生宅に忘れてきてしまったので、(詳しい内容はebaponブログで・・)ネタを上げるのが億劫になり、筆が進まなくなってしまった。
こうしてみると写真を上げずに言葉だけで説明し語っていくのはけっこう不自由である。
写真で説明する割合というか、単純に記事全体に占める写真の面積自体が大きいというということを今回は改めて痛感する。
いわゆる「催し物」としての土曜日の「レコード頒布会兼飲み会」および翌日の「U先生宅の訪問記」はebaponブログで詳しく語られているのでこのまま割愛してしまおうかとも思ったけれども、類似コラーニさんプレゼンツの「厚木地ビールサンクトガーレン」の印象と、U先生宅の「アルテック603の音」は特別に印象深いものがあるので、どうしても語らないといけないというか、自分でも語りたいと思っているので、これはカメラが戻ってきたらいづれやりましょうということで・・・。


で、このままだとネタがあまりにも淋しいので、単身生活が終わって今の生活がどうなっているのか、とりあえず机の上の写真を晒してみる。
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タワー型パソコンが2台、モニターは19インチと17インチ。
それぞれのパソコンに安物の小型ステレオスピーカーを付けているので、1.5メートル幅の机でありながらなんかものすごく狭く感じる。視界の前半分がパソコン本体とモニターに囲まれている状態なのでなんかホントに自分は「オタク」の世界にいるんだと実感する。
これに各種音響装置やテレビのリモコンを並べると正直「なんだかなー」と溜息が出てしまう。
今思えば、単身先でのパソコンはノートでも良かったのではと考えつつも、ノートなら上の娘に盗られてしまうだろうな、と漠然と考える。
というか、あいつも女子大生になったことだし、もうそろそろノートパソコンでも買ってやらないといけないのでは真面目に考える。
それにしても先立つモノが・・・しくしく。
自分でバイトして自分で買うと言わないかなあ、と敢えて希望的観測を言ってみる。

娘が見ていたら怒られそう。
「ルサンチマン」という言葉がある。
意味としては単純に「怨念」「復讐心」「羨望」とも訳せられることが多いが、これだけだとちょっとわかりづらい。wikiで調べてみると「強者に対する、それをなしえない弱い者の、憤りや怨恨、憎悪、非難の感情をいう。この感情は自己欺瞞を含み、嫉妬や羨望から来る」とある。
どちらにしてもネガティブなイメージの言葉ではあるのは間違いない。
元々はキルケゴールの言葉らしいが、圧倒的にフリードリヒ・ニーチェで有名になった言葉である。

この「ルサンチマン」を良く表現するたとえ話としては、イソップ童話の「キツネとブドウ」の話が良く語られる。高いところにあったブドウの房をいくらジャンプしても取れなかったキツネが最後に「どうせあのブドウは酸っぱいに違いない!」と捨てぜりふを吐いて立ち去って行く話である。

この寓話の面白さは、いつも周囲を欺く狡猾なキツネが自分の希望が叶わなかったときに自分自身をも欺いて負け惜しみを言う「おかしさ」にあるのであろうと思う。

自分の思いや希望が叶わなかったときに、その満たされない心を埋めるために、その思いや希望の相手や目的を卑下したり矮小化したり落とし込んだりしてしまうことは、自分を守るための一種の「合理的行為」として心理学の上では認められているらしい。
それはそうだろう。万人がそれぞれの希望や期待に応えられる世界は絶対に無いし、一個の人間だけでも万の希望や願望があるだろうし、希望はすべてかなうことはありえない。
なんでもヒトは昔の嫌な記憶は忘れる、または逆にいい思い出に変えてしまうようにできてもいるらしい。
とうぜん思いや希望が遂げられなくても、時間が経てば嫌な思い出として忘れるか、逆に若かりしころの蹉跌として記憶に留めるか、ということなのであろう。

ここまで書いて思うことだが、こういう心理学的な装置の説明や分析には自分は正直興味はあまりない。そんなことはどうでもいい。
問題は本来の「ルサンチマン」である。
最近は漫才師や漫画の表題にも使われるポピュラーな言葉となってしまったが、自分の中ではどうもこの言葉の概念にある種の「ひっかかり」を感じて十数年経っている。
未だに自分の中で解決できないやっかいなテーマとなっている。

所謂、自分だけの「人生論」的な「問い」でも未だ解決できていないし、前述のニーチェの言わんとする「ルサンチマン」に関しても、まったくずっと考えていても解決できていないテーマとなっている。
もっと正直に言うと、この問題が解決できなくて考えることを途中で止めてしまったようなところもある。
もしくは考えることを止めようとした時に偶々考えていたテーマがこの「ルサンチマン」の問題だったような・・・。

それまではマルクスとかヴェーバーとか、割と人間の「外」の問題、「社会」の問題としての思考を追っていった(所謂、社会科学ということです。卒論のテーマがそっちだったし)のであるが、いわゆる「生の哲学」として、人間内部の思考の問題に関わる思考であったため、「ヒトゴト」みたいな客観化できずに、ストレートに自分の問題として、自分を実験材料にするように、自分を解体しながら自分を分析していくような、けっこう危ない作業を強いられながら、「思考」していたように思う。
まあよくよく考えると、「思索する」ということは、そういうある種の危険と隣り合せであるのは当然なのであろうが。

で、「ルサンチマン」について、何がわからないのか?

長くなったので次節で書きます。
                                                        (続く)
4月になり、新しい職場への通勤してもう三日。
今までは朝7時半にのんびり起きていたのに、今度は朝7時半に家を出る生活。
最初の週は神経使いすぎて慢性的に頭痛のする日々でありました。
こういう神経が高ぶっているときはアルコールが一番・・・てことで、花見に期待致しましたが、さすがにこの時期はヒトが集まらず、町内会有志での「一角」での飲み会となりました。

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「きびなご」の天麩羅、牛ほほ肉の焼き肉、イカの塩辛、ポークウィンナー。
酒は以前紹介したピンクの「どぶろく」!
「どぶろく」は着色しているわけではなく、赤麹のために薄ピンクであるらしい。
名前は「荒城の桜」。

飲んだ印象は・・・・

確かにどぶろくではある。

だけどほのかに甘い!

これじゃ女性向き過ぎて飲んべえの酔っ払いは満足しないだろう、と思っていたら、案の定、坊さんとhanamusiさんは残している。まあこの種の酒は花見でのネタで飲む分にはってことで・・・。
このあとはいつもの「立山」と「鷹来屋」になりました。(これも先に「立山」を飲まないと駄目で、先に「鷹来屋」を飲んじゃうと後に「立山」を飲めなくなる。)

ってことで、次の日、トム子を連れて近所の公園を花見散歩する。
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と、ここまで書いていて思い出した。前回の約束で今回はオーディオネタで行くはずであったってこと。

単身生活が終わったのでこれからは調整する時間も充分とれるだろうってことで、とりあえず当面は今まっとうに聴けないJBLのシステムの再調整ということになるだろうとは予測する。
この3年の間にため込んだ課題も山積している。

いろいろ思いつくだけ書いてみた。

その1、トーレンス124を中心としたモノラル専用システムの構築

その2,モノラルの延長でのSP盤を聴ける態勢の構築

その3、色々入手したMCトランスの再検証、再評価

その4,アルテックのネットワークの検証(N500Cと500F、8500の検証)

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あーあ埃をかぶったトランスの数々。
右から「6600」、「384」、リスト、ベイヤーもどき、新藤のトライアッド。212はやっと尻垂れから解放させそう。

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右奥でひっくり返っているのが「41」、その横が吉田製MCトランス、カートリッジは前からCA25Diと横がクラシックG、後ろがAシェルアダプターに最近手に入れたオルトのSP針、その左はハーマン時代のSPUAにアダプター、V15Ⅲに103にMC20スーパー、プレーヤの309リミテッドに付いてるのは85アニバ。右手前にリファAもある・・・・・。

いつのまにか貯まったトランス7個にカートリッジ9個、おまけにAシェルアダプター2個。
これって、さすがになんかちょっと持ちすぎと言う気もするが、まあ道楽ってのはこんなもんだろう。
ここで敢えて晒したのは生来モノグサの性格ゆえ、せっかく手に入れたこれらの機器を使いこなすことなくこのまま日の目を見ず埃をかぶったまま放置されかねないことを危惧するゆえである。
晒したからには比較レポートもしなけりゃいけないだろうってことで、これだけで今年のオーディオネタは埋まりそうではある。
hanamusiさんのおかげで自分にはとても望めないようなもっと上の世界を見てきたし、自分がまだまだってのは充分わかっているつもりなので、今回を機に地道にオーディオの足下を固めたいと思っております。ハイ