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何事も心に迷いが生じたときは「道場」で厳しい鍛錬を積んで性根を鍛え直してもらう、ってのもたまには必要なことだろう。ここまできたら乗りかかったオーディオ道(道ですよ。道!)を究めるぞ、とバカなこと考えながらクルマを走らせる。
見晴らしのいい高原地帯から突然に違和感のある鳥居をくぐり、迷いそうなほどくねくね曲がった道をやっと抜けて、(看板だけが頼り)不安になるようなセメント舗装の急坂な脇道(なんとギアをわざわざローに入れ替えないと登れない程の急な坂である!)を登り切ってやっと「オーディオ道場」に到着する。
ここに来たのは2回目、いや3回目。相変わらず回りは草がボウボウで、朽ち果てたベンツなんかも置いてあるせいか、廃屋に来たのではと一瞬錯覚するようなところである。
(この辺のところは去年のレポートを参照してください)
入っていきなり元剣道場の広大なスペース一杯に置かれたオーディオ機器の山々が来訪者を圧倒する。
前回より若干整理されたような、狭くなったような・・・何でだろう?
着いたときに鳴らしていたのはオリンパスもどき(ホントに”もどき”としか言いようがない)であったが、CD持ちこみで鳴らしてくれたのは以下の大げさなシステム。
CIMG2704.jpg
なんじゃこれ?
最初何が鳴っているのかわからない程の幾多のスピーカーの塊で、どうも売女ボックスのバス便?じゃなかったヴァイタボックスはバスビンをメインにアルテックのダブルウーファー、JBLの4355を同時に鳴らしているような・・・。
アンプはシンプルな球のアンプだけど、意外にまっとうな音なんですな、これが。
ただし一時間前にwooさんところの音聴いているんで、「ねむい」というか「甘い」というかユルく感じる。
それにしてもどのユニットが鳴っているのか?そばで聴いてもわからない。なんでだ!
うーん、この仕掛けを考えるのも修練、理屈抜きに音楽を楽しむのも修練である。
修練。便利のいい言葉。
ちなみにバスビンのホーンの後ろにはどこから持ってきたのか、解体した神社の梁と柱が置かれて工事中であった。どうもこの空間には二階スペースができるようだ。で、これが前回来た時より狭さを感じた理由のようだ。
しずしずと道場主の娘さんらしき人がコーヒーを持ってきてくれた。
彼女は芸術家らしく、そこかしこに彼女のシャガールみたいな幻想的な絵が飾ってある。

ひとわたり積み上げられたブツを見て回った後、ちょっと昔のジャズ喫茶のようなヴィンテージの間に入る。
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トーレンスのリファにマイクロ、テクニクスSP10、EMT927等々
SPはハーツフィールドにマッキンXRTなんだっけ?オールドタンノイに・・・・きりがない。
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ここでハーツフィールドを鳴らしてもらう。
ソフトはパウエルの「クレオパトラ・・・」。
これは音質云々じゃなくて、まあ、このスピーカには合うわな。時代も合っているし。

なんか「迷い」吹っ切ってもらおうとこの道場に来たのに、言いようもなく「溜息」が出て、逆に迷いというか雑念は倍増したような気がするのは自分だけか。
ある意味、憧れで高値の花だったオーディオ機器の意外と寂しい末路を見るようで、オーディオ道場というより、オーディオ無縁仏の寺に来たような気がいたします。
障気を払うべく、どっかの坊さんにお経をあげてもらったほうがいいかも、いや、あの坊さんはオーディオ煩悩の塊であった!
なんて、またまたバカなこと考えていたら、wooさんが
「この部屋は何畳くらいかな?」
と聞いてくる。
横にいたO塚さんや非双子さんが「多分、30畳くらいじゃない?」
なんて答えると、「そーか、30畳か。ウーン」と思案顔。
一体どうしたんだろう?
どうしたんですか?と聞くと、「いやー、この雰囲気、この空間、好きなんだわ」と言う。
いくら「好き」にしても、わざわざ具体的な広さを聞いてくるって、何か怪しいことたくらんでいるな?と直感する。
この後、当初の目的地「音○舎」に向かう。
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5月以来のwooさんの別荘。
前回は、プロジェクターの取り付けや調整やらで聴けるようになったのが夜遅くなってからで、エビスの生樽やワインの飲み過ぎと前日の不摂生が祟って早々とダウンしてしまい、まっとうに音を聴いていなかった。
考えたらもったいないことをした。
今回は、手ぐすね引いて待ち受けるwooさんの牙城に再度乗り込むというような構図なんだけど、思い起こせば去年の夏に初めて聴いたwooさんところの音は凄まじかった。
スピーカーがアヴァンギャルドということもあり、それ以前に聴いたジャズ喫茶「メグ」やBOSEさんとこの「アヴァンギャルド」のイメージで、比較的「大人しくキレイな音を出すスピーカー」というイメージだったのだけれど、wooさんところの音は、いい意味での雑味を含んだというか、紫煙たなびく地下のクラブで聴くような独特な「闇」の雰囲気の「音」で、アヴァンギャルドでこういう音が出せるのか!と驚いた記憶があった。
今回は果たしてどういう風に進化しているのか。
例によって半分地下の専用試聴覚?or娯楽?室。
聴いたソフトは主にO塚さん持ちこみのCD。

いきなりの圧倒的な大音量!
音圧にぶん殴られたような気分。
面前に音像が浮かび」空気が揺らぐ。

昼間聴いたせいか、前回に較べ密度が濃くて輝きというか、ブライトネス溢れる印象。
全ての音を出しきって一分の隙も無いような音。
まあ「完成度」は前回よりは確実に上がっている。
この間の「進化」として、電源トランスの導入の経過は知ってはいたけど、音の純度や切れ込みは確実にレベルアップているようだ。

ただ、この音はなんとなくBOSEさんところの音に非常に似てきたとも言えそう。
なんかここまで完成度が上がると行き着くところは似た音の境地になるのか、とちょっと考えさせられた。
そういえばBOSEさんところも電源トランス(確か同じN製作所)噛ましていた。

以前はwooさんところの音とBOSEさんところの音は、同じスピーカーでありながら、なんかコンセプトというか求めるものが違うせいか、出てくる音が確実に違って聞こえたように記憶している。
ある種の「汚れ」や「歪み」「粗雑さ」「陰影」も含めての音楽の表現ができるかどうか、がwooさん独自の求める「音」作りの方向性であると判断していたけれども、判断基準がフツウの人よりより明確であるwooさんならば、けっこう”最短距離”で、日々の精進や改良のひとつひとつの積上げだけで自然に隙の無い完成度の高い音になっていった、ようだ。
その結果、登山道は違っていても山の頂上はほぼ同じになってしまった、というようなことなのかも知れない。
特に”女性ヴォーカルを基準”にすると、そういえばK市のKさんのところもそうであったが、いわゆる”暴れん坊の音”より”破綻のない完成の高い音”を指向してしまい、到達点というか頂上が”似てくる”傾向があるようだ。
ただwooさんによるとアンプやトランスの設定しだいでいつでもブラスや向きの過激な音に変更できるみたいではある。
実際、wooさんはソフトの傾向により頻繁に変更しているみたいではあったし、そういう風にも聴かしていただいた。
確かKさんも、めっちゃアンバランスだけども激しく低音コンシャスでジャズ的に面白かった最初の4333の音にはいつでも戻せる、ジャズ的にアンバランスな激しい音は偶に聴くのにはいいけど、常時あんな音聴いているとどうしてもソフトが限定されるため否応なく正常なバランスに戻したくなる、的なことをおっしゃっていたような・・・。
うーん、高レベルになると同じ設定ではヴォーカルとインストものは両立しないのか?

個人的にウチのシステムでは、ヴォーカルが上手く鳴らないと言われる4344で、ヴォーカルが上手く鳴った時(当然、ブラス系やピアノトリオもよく鳴るという前提)がひとつの到達点、目標と考えて今までやってきているのであるが・・・。

その後、性根を鍛え直すべく「オーディオ道場」に向かう。
9月の某日。
前日、町内会の「寄り」(というか、「寄り」という名の飲み会である!)があり、10月に予定している一大イベント(これはいづれ全貌が・・・)参加予定の面々が集まる。
今回は南阿蘇のwooさんがわざわざエビス超長期の入手のために特別参加。
8月の禁酒月間が解けたO塚大佐も気合十分で参加。
その中で、ウチのマランツが壊れてしまい8月に熊本に修理に出したこと、今月中に取りに行くか、送ってもらうか、みたいな話をしたら、
大佐のは「取りに行くならつきあうよ!じゃ明日行こうか!」とニヤっと笑う。
wooさんも「どうせならウチに泊まるか?」「熊本のショップちょっと興味あるし・・」
・・・的な成り行きになり、急遽、酔った勢いで熊本にいくことになった。
ホントに行くんだろうか?酔った勢いでの与太話なのでないだろうか?なんて思いつつ、翌日の朝、直前に非双子さんからも電話があり、ちょっと安心して寺に集合した。
10時半に出発。
途中でO塚大佐も拾い、いざ熊本へ。
天気も良く最高のドライブ日和でした。
それにしても山道に入って先行するwooさんのビーエム(いわゆるベムベです)を追いかけるのはちょっとキツかった。
なんせあちらは二座のフルオープンのスポーツモデル、こっちは三列シートのファミリーカーなもんだから、コーナーの立ち上がりスピードが全くレベルが違って、あっという間に差がついてしまう。
なんかほとんど2速ホールドで走ったような・・。
ああ燃費が・・と、みみっちいことを気にする自分。

腹が減ったので昼食をとる。
場所はwooさん行きつけの別荘地帯にある「蕎麦」の店。
こういう造りの店。
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で、食べたのはまずはこれ!
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「蕎麦がき」!
シンプルというか素朴というか、蕎麦の持つほんのりとした甘さと山葵の風味が調和して美味しかったです。
で、メインはwooさんお薦めの・・・
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「鴨せいろ」!
鴨のこってりとした脂と厚めの葱、濃い口の出汁、対するは蕎麦殻は多く含んだ田舎蕎麦ではなくどっちかというと「更科」に近いちょっと白っぽい蕎麦。
ああー日本酒!せめてビールを無性に飲みたい衝動に駆られながら、美味しく頂きました。
wooさんとしばし蕎麦談義。
wooさんによると九州の蕎麦は汁が薄いので今ひとつインパクトに欠けて味がぼけて感じるらしい。
そんなこんなで九州ではどこに行っても不満で関東風の濃い口の汁で食べられるなら少々の遠出でも出向かれるとのこと。
非双子さんも曰く、「結局、「蕎麦」が注目をされて雑誌にも取り上げられ、脚光を浴びて食べられるようになったのはこの10年、20年くらいなんじゃない?」
実家が紅葉と「山かけ蕎麦」で有名な渓谷の景勝地出身の非双子さんが言うのだから、たぶんそうなんだろう。小さい頃でも蕎麦は作ってなくて家でも食べなかった、そうだ。
確かに、町中にはラーメン屋やうどん屋はたくさん見るけれども、以外に蕎麦屋は少ない。
蕎麦屋があるとすると、「水」の美味しい、いわゆる名水の産地に多いように思う。
この南阿蘇も全国有数の名水の地でもあるし。(特にコーヒーは格別に美味しい!)
まあ九州では新参者の「蕎麦」はまだ「美味しい食べ方」が確立していないのかも。
そういえば、先月、出雲で食べた伝統の「出雲の蕎麦」は相当に美味しかった。
「そ」娘の言によると、あの時の蕎麦は、今まで人生の中で食べた中で一番最高に美味しかったそうだ。
まあ「蕎麦」も奥が深い、ということですな。

この後、woo邸に行く。
(続く)
これも8月のネタ。

毎年恒例の地元の夏祭り。

今回は太鼓を作ることもなく、よど(祭りの前夜)に山車を牽くこともなく、当日のみの参加。

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最初の神輿出し。
このときにはまだ担ぎ手には余裕がある。




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我が町の新装された山車。
基本的にワタシはいつも太鼓も叩かず、笛も吹かず、最初から最後まで牽き一本です。
舵を持って、ほとんど一人で牽いている時が多いような。
みんな酔っぱらっちゃうし・・。
当然ワタシもガソリン代わりに缶ビールを7、8本は飲み、酒も升の杯5杯以上は飲んでいる、のであるが、不思議と力仕事もやっているせいかあまり酔わない。

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神輿も最後の方では疲れと酔いでヘベレケというか、一種のトランス状態みたいな状況になるようだ。






と、ここまでの祭りの記述は去年のものとあまり代わり映えもしなくて、写真だけみても去年とあまり変わらない。
本ブログが来年以降も続いていたら、来年も多分金太郎飴を切るが如く、同じような内容になりそうなので、必死に今年ならではの「変わったこと」を捜してみる。



で、今年あった小さな変化の一つ。

我が町に今年初めて参加の20代茶髪の「お姉ちゃん」のこと。

(なんかスケベといわれそうであるが・・・)

彼女は初参加にも拘わらず、女だてらに大太鼓を叩く。

で、その大太鼓を叩く姿が妙にハマッってなんか妙にカッコいいのである。

その理由として、

もちろん、そこそこキレイなコではあるけれども、

(決して鼻の下は伸ばしていません!)


叩く姿がタンクトップでセクスィー?

(ああホントにスケベ認定されそう。まあ実際スケベではあるが・・・)


それよりも、



なんといっても、



これ!











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TATTOO(入れ墨)である。

(ああ、ちなみにこの写真はちゃんと彼女の了解を取って撮影しています。ブログにも上げるよ、とも言っております。)

まあTATTOOというと、昔はその筋の恐いお兄さんや指のないおじさんあたりの定番だったのでありましょうが、サッカーのベッカム、アンジェリーナ・ジョリーの外国人のみならず、日本ではトップアーティストのアムロやナカシマミカ、最近クスリで捕まったお塩氏やのりピー嬢、数年前の芥川賞の「蛇にピアス」等、若者文化の一つみたいにいつのまにか定着しているようでございます。

もともと縄文人は、全身のみならず顔まで入れ墨があった、と言われておりますので、体に模様を入れる行為というのは原始からの日本人の性なのでしょう。
入れ墨女性が太鼓を叩く姿がかっこいい、と思う感覚も、その辺から来ているのかも。

ただし個人的には、温泉には入れない(最近、禁止のところが多い。そういえば昔、温泉に入って髪洗ってふと横向いたら、赤と青のモンモンがいきなり見えた、というガクブルの経験がある。)、夏はなんでも相当に暑いらしい(知合いが893の元親分から聴いた情報)し、もう戻れない体ってのもなんだかなあ、と思っております。

何を今更!のネタである。

8月の某日、U先生の依頼によりJBL「パラゴン」の組み立てのお手伝いをする。

U先生の子供さんが新居を建てられて、USAにあるU先生の自宅より移設されたパラゴン。
はたしてどういう状態なのか。
なにせ巨大かつ豪勢なスピーカーである。
組み立てのお手伝い云々以前に、どういう状態で運び込まれて、どういう風に組み立てるのか、なんか無性に興味が湧いた。
なんせU先生はこのパラゴンの購入時の空き箱をまだ所持されている、というか、メインSPであるヴァイタボックスの空き箱もまだお持ちであるという噂。
ウン十年前のパラゴンの箱もなんとなく見てみたい、という漠然とした興味もあった。
考えてみたら、15インチ口径以上の巨大なスピーカーを持つこと自体が今のご時世ではかなり贅沢なことなのに、その空き箱を捨てずに数十年の間そのまま取っておくってことは、下手すると数畳分の余分な空間を長期間確保するということでもあり、これこそホンモノの贅沢のような気がする。(都会じゃムリ?)
思い起こせば当方所有の4344の空き箱も最初の10年位は倉庫の天井に吊されていたが、いつのまにか親から引きずり下ろされ、最後はゴミ入れになっていたのであった。
親、曰く「この段ボール、分厚くてもの凄く丈夫やったわ。」
そりゃ丈夫でしょうよ。あーあ。

もしかして箱に入ったバラバラのパラゴン(略してバラゴンなんちゃってw)が拝めるのか、と期待したものの、もうすでに箱から出されたのか、元々箱に入って運ばれなかったのか、もう真新しいリビングにその雄姿を晒していました。

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バラバラに分解されたパラゴン!を想像したが、単純に真っ二つに割れた状態であった。
これだと確かに運びやすくなる。
真ん中にジョイント部があり、左右の高さを揃えて連結する仕組み。
連結した後、あの特徴的な凸板をはめ込んで完成。
結線のチェックはいつものように几帳面な大番頭さんの仕事。

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これが完成型。
木造の現代アートみたいな異様なこの姿を初めて見て、これがスピーカーであるとわかったヒトは多分いないだろうと思う。
ある意味、アメリカの豊かさを感じるスピーカーである。
で、早速、音出ししてみる。

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アンプはマッキンのC32にMC2105だっけ?(パワーアンプの型番忘れちゃった。)
どちらにしても相性抜群の古き良きアメリカのゴージャスなアンプとスピーカーの組合わせ。
入力系だけはマランツのCDプレーヤー。
なんでも何年間もアンプもスピーカーも通電していなかったそうで、当初、ちゃんと音が出るか心配されていたようですが、、杞憂に終わる。
最初からちゃんとした音が出ました。
ほぼ左右のバランスの狂いもなく意外なほどまっとうな音。
ただ新居ということもあり、長期に通電していなかったということもあり、音の座りがまだ安定していないというか、最初は低音がなんとなくドロンとしててちょっとレンジの狭い音だったように思う。
当方が持ち込んだソフト、それこそジャズからヴォーカル、クラシック、ブルース、最新録音盤等を勝手にどんどんちょい聴きしながら約10枚以上のソフトを聴きました。
(ワタシがかけたので、当然だんだんとヴォリュームが大きくなる・・・、サヒブ・シハブのジャズパーティの最初のペデルセンのベースをいきなり鳴らしたり・・・当然、家主はあきれて引いていました。)
不思議なことに段々とレンジが広がっていって、もこもこした低音の歯切れがよくなってきて、音像が高くなっていくのがわかりました。
パラゴンというスピーカーは不思議なことに、調子よく鳴っていくと、高さ自体が低いにもかかわらず、音像がスピーカーの上部1mくらいのところに定位して、かつ音が前に出るだけじゃなくて奥にも広がっていくんだ、というのが今回ちょっと垣間見えました。
最後に鳴らした「サキコロ」、モノラル録音だけど、テナーが立ってかつシンバルとテナーの間に距離感があるのが感じ取れましたもん。
もっと追い込んだら「楽しい音」出そうな気がします。
短い時間でしたけど楽しかったです。ハイ




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