三日目。
今日が旅の最終日。
飛行機の時間もあり制約があるので、どういう行動日程にすべきか?
結局、三方向に分かれることになった。
すなわち、市内観光組、中古レコード漁り組、単独行動組。
で、ワタシは当然中古レコード漁り組。
ちょうど駅前のデパートで中古レコード市をやっており、O塚大尉とKさんと渉猟に行く。
思ったより大規模で、レコード市だけでなく古書市もやっていた。
約2時間あまり。
ワタシの選んだレコードは以下。
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①ドリス・デイの「デイ・イン・ハリウッド」 いわゆるオリジナル盤はこれのみ。
②エルビンの「ヘビーサウンズ」 これは喫茶「エルビン」でメインにかかってたので記念に。
③テディ・エドワースのパシフィック盤「イッツ・アバウツ・タイム」 これは大のお気に入りで今回で三枚目。
④LA4の「ゴーイングホーム」 これも二枚目で予備用として。
⑤ソニークリスの「ポートレート・オブ・ソニー・クリス」 これは持ってなかったので。
⑥ヴィクター・フェルドマンのコンテ盤「スィーツ・シックスティーン」
⑦ハンク・ジョーンズの「イージー・ツー・ラブ」 録音データが詳細で優秀録音盤盤風だったので。
⑧パブロ盤「モンツルー・ジャズ・フェスの1975 カウント・ベイシージャムセッション」 エルビンでかかった。
⑨「高橋竹山」 一応、東北ツアーだし。
⑩ちあきなおみの「ちあきなおみオンステージ」 なんと言っても一枚300円だし。
⑪ユーミンの「ノーサイド」 出身高校のテーマ曲でもあるし。
⑫よしだたくろうヒット曲集 2枚組で300円。なんといっても「落陽」が入っているし。
⑬「風の谷のナウシカ」サントラ盤 これも300円。「カリオストロ・・・」もなぜか持ってるんでまあいいかと・・。

ワタシはたいして買わなかったけれども、大尉はワタシの倍の値段、Kさんに至ってはそのまた倍という、なんかもろに経済状態が反映された買い方でありました。

その後、デパ地下に行きお土産の「笹かまぼこ」を購入し、ワタシはこっそり仙台名物「ずんだシェーク」を飲み(これは美味かったです!)、「利休」で待ち合わせて、やっと念願の牛タンを食べて、
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仙台を後にしました。
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福岡空港に着いた時はほぼ夜になってたので、帰りに三隈○店に寄って、名物「焼きそば」を食べて帰りました。
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やっと終わった。長かった。
けっこう居心地の良かった「エルビン」を後にする。
16時近くであった。
ナビに従いクルマを走らせる。
いやーそれにしてもこのあたり、地平線が見えようかというくらいの平坦な土地なんですね。
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なんかこういう田園地帯見ると安心します。
まだ4時過ぎだというのに日が暮れかかっている。
九州とは”時差”は1時間くらいの差がありそうです。
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本日の予定としては、「エルビン」を押さえた後、「ロイス」に行って、最後にまた「ベイシー」に行く。「ベイシー」では店閉めるまで粘って、「ベイシー」でベイシーを聴く、はたまた全然ジャンルの違う菅原さんの好きなクラシックをかけてもらう、なんてことを画策しておりました。
まあ、でも、まだ一関には早いだろう、どうせならちょっと足を伸ばして「平泉」まで高速で行って、中尊寺までいくぞ、と気ままな旅は急遽行き先変更となり、「平泉」へ。
ちなみに平泉は一関の隣の街、駅は二つ先、もっというと次の駅はあの前沢牛で有名な前沢駅。
そこまで言うと隣の遠野市ってのもなんとなく憧れがあるし。
でも柳田国男は挫折して読めなかったような・・。
で、肝腎の「中尊寺」。
入り口にはいると、土産屋がみな店を閉めている。
えっ、もしや、嫌な予感、と駐車場まで行くと、本日の拝観は17時まで、で今が16時50分過ぎ。
「だめだこりゃー」
昼飯のラーメン屋に続き、本日二つ目の「ハズレ」。
しょうがないから
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入り口にあった「金色堂」を晒す。
中尊寺は今東光さんが貫首していた時期もありなんとなく行ってみたかった。
一般道で一関に戻る。
目指すは「ロイス」。
若干迷った後、6時くらいに「ロイス」に到着。
ここは隣、というか本業が酒屋さん。酒屋さんと聞いて非双子さんがガソリン切れと「エビス」を捜すも残念なことに置いていなかった。
喫茶の方は一旦閉めていたようで、電気を消した部屋に灯をともし、アンプにも火をいれてもらう。
店主は温厚そうなヒトであった。
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ここの「売り」はタンノイでジャズを鳴らすということ。
まあタンノイでジャズを鳴らすこと自体は全然珍しくもない。
タンノイというとクラシック専用と見られがちではあるが、実はジャズとも非常に相性がいい。
ただタンノイで営業している、もしくは、していたジャズ喫茶として思いつくのは京都の「ブルーノート」、博多の後期「コンボ」などか。
「ロイス」にはウエストミンスターとヨークがあり、この日はヨークでよーく聴いてみた。(オヤジギャグ!最近疲れてます。)
おっとその前に「ロイス」の名の由来。サラ・ボーンのミドルネームだそうだ。ワタシゃてっきりタンノイ使ってるんで、英国の最高級車ロールスロイスからだと思っておりました。

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壁にあった「ヘンリーミラー」自筆の手紙。

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アンプ周り。部屋にはいろんな本が積み上げられておりました。主人は相当のインテリで博識みたい。

「このヨークはですね、30年以上前東京でサラリーマンしていたときに当時6ヵ月の給料はたいて買いましてねえ。ワッハッハッ」
発言」の最後にいつも豪快に「ワッハッハッ」と笑う独特なしゃべり方。
でもここの店主、温厚そうな人柄態度の割にけっこう強気な物言い。
なんでも一関でジャズ喫茶を開くにあたり、「ベイシー」のことはほとんど意識していない、そうだ。
急遽東京でのサラリーマンを止めて家業の酒屋を継ぎ、タンノイとジャズが好きなのでジャズ喫茶「ROYCE」を開いた。、地元に「ベイシー」があっても昔からあまり行ったこともなく、特に影響を受けたりはしていないそうだ。
元々ジャズとタンノイが好きであり、「ベイシー」が無くとも店は開いていた、とのこと。
「むしろ、向こうの方が気にしているんじゃ・・・ワッハッハッ」
そう言って豪快に笑う。
「ベイシー」のサポーターを公然と宣言する「エルビン」のアンドーネ氏とは、そこのところの考え方が大分違うようだ。
そういえば「「エルビン」のマスターに記念写真後、最後に車で出るときに見送りしてもらって「今からどこに行くの?」と尋ねられて、「一関の『ロイス』に行って、また『ベイシー』に行こう思ってるんだけど・・」と答えたら、「『ロイス』かー。ふーん。あそこはね・・・うーん、まあ聴いてみて」ちょっと含み笑いして何か言いたげであったけど、同じジャズ喫茶でありながら『ベイシー」と「エルビン」には同じ臭いがするけれど、「ロイス」はちょっと別の世界のようで・・・。
おっと、肝腎の「音」。
システム構成はトーレンス226に3012にSPUだっけ?
アンプはプリがマランツ7。
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このマランツ7は九州のクスノキさんのプレゼント?借り物?らしい。

パワーが自作系のモノラル仕様の845プッシュプル。
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下に見えるはKT88のTVA1か。なんか懐かしい。
「ロイス」の音を一言で言うと、良くも悪くもタンノイで聴くホームオーディオマニアの「音」の延長という感じかと。
”店の音”というより、なんかオーディオマニアの自宅に招かれて自慢のコレクションのシステムの”家の音”聴かしてもらったような印象といえばわかってもらえるかどうか。
いわゆる超弩級というような派手さは全くなくて、”佇む”ような鳴り方というか。
まあこの鳴らし方はどうもジャズでなくてクラシックにありがちな気がしたんだけど。
まあタンノイで聴くジャズはワタシらは熊本の音○舎で聴いているんで、どうしてもあそこを基準に判断してしまう。若干「辛い」表現になる。
タンノイでも音○舎のようにガツンと鳴らしているところを既に知っているがゆえに、どうも全体に”大人しく”感じてしまう。
「床」や「壁」「トランス」等、どうもオーディオに関する判断、考え方もワタシとは大分違うみたいだ。
この「音」だと今回同行のメンバーは誰も驚かないというか、聴いている時の表情でどうもそれがどうも出てしまっていたみたいで、主人には失礼しました。

「ロイス」を7時頃出て、丁度夕食時なんで散々迷って駅前の居酒屋に行く。
8時半頃居酒屋を出て、いざ二回目の「ベイシー」を、と店の前を通ったら、なんと電気が消えている。
えっ!もしやもう店閉めた?
どうも閉めているらしい。
そういえば事前の情報で、夜、早くても客がいなくなれば閉めてしまう、ようなこと言っていたような。
今日三番目にして最大の「大ハズレ」!
この後仙台に戻り、今度はアイリッシュパブに行こうとするも貸し切りパーテイーのため入れず「ハズレ」、仕方なく入った居酒屋風カフェも店員は女性客と話しするのに懸命で、露骨に態度が悪く、つまみも作れず、出てきた生ビールもマズイという「大ハズレ」であった。
この日はニッカウヰスキー後は「ハズし」たときが多い一日でありました。残念。
ニッカを後にして「エルビン」のある登米市をめざす。
高速のインターをおりて田園地帯を抜ける田舎道をひたすら走る。
東北地方の田園地帯といいつつ、九州の農村地帯の田舎道とまったく同じような光景であった。
途中でっかい沼が何カ所かにあり、やっと「ちょっと違う景色」を感じさせただけで、あまりにも景色が”違わない”ことに逆にひどく「違和感」を感じた程であった。

「登米(トメ)市」は、名前にまったくなじみがないが、例の平成の市町村合併でできた市であるらしい。
まあ全くなじみがないかというと、そうでもなくて、なんといってもここはかの石の森章太郎と大友克洋の出身の地なのである。
今回は寄らなかったが、石の森章太郎は故人ゆえ、さすがに記念館までできている。
年代は違うが、SFマンガの一大巨頭が同じ出身地というのはなんか興味深いし、そういう目で地元の風物をみるとこの広大な田園地帯がどういう風に彼らの感性を育んだのかを考えるだけで面白い。

13時過ぎにやっと「エルビン」前に到着する。
ちょうどお昼時なので「エルビン」に入る前に、まず腹ごしらえ、ということで、近くのラーメン屋に入る。
昼時なのか、名店だからなのか、客が門前で待っている。
そんなに美味しい店なのかと期待するも、
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Kさんの頼んだコラーゲン入りラーメンなるもの。
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ワタシの頼んだ白みそラーメンとソースカツ丼(前日に引き続き!高カロリー!)のセット。

はっきり言って「ハズレ」でありました。
この店の「ソースカツ丼」は、前日の「松竹」のそれが、いかに絶妙なバランスの上でなりたっているかの再確認させられました。
まあ持論でありますが、”美味しい店ばかり行ってもその店のものがホントに美味しいかは分からない。たまには後悔覚悟でマズイ店にも行け!”ということ。
グルメ本片手に美味しい店しか行かない連中よりも、たまに敢えてマズイ店に行って、後悔し、美味しい店のものをより美味しく感じる努力をしていくということが美味しいものをより美味しく感じるためには絶対に必要、と考えております。(この辺のところは、非双子さんが地道に実践しているのであった。)

いよいよ「エルビン」です。
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まあ初めて来て、ここがジャズ喫茶とわかるヒトはなかなかいないような、入り口なんか自宅のどこか倉庫に通じる勝手口みたいな感じであった。
ほんとにここが有名な「エルビン」なの?疑心を持ちながら奥さんらしいヒトに案内されて入り口ドアを開けると、天井高は4m以上ある、薄ら暗い独特な空間がそこにあった。
いきなり鳴っている音が「爆音」でした。
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「ベイシー」とは違う、ある種の暴力性を秘めたような鳴りっぷり、というか、スピーカーユニットがたくさんある中で、果たしてどれが鳴っているのかまったくわからない、というか。
よくよく見ると、コンプレッションドライバーのユニットとか使ってないみたいだし、どうもユニットも全てが鳴っているような。
特に面白かったのは陣笠(例にWEの・・、といっても一般にはわからないか。)みたいなユニットレスのスコーカー?一体、何がどうなっているのか?
一見してユニットの銘柄がまったくわからないシステムというか、唯一わかったのはガラス窓から見える211の自作風アンプのみであった。
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でも出てくる音は本当に素晴らしかった。
若干ソフトを選ぶようであるが、ジャズ喫茶らしいガッツ溢れる音というか、特にドラムはシンバルや太鼓の奥行きを表現しながら金属の質感やバスドラの迫力が「リアル」に表現される。
ここで今「リアル」という表現使ったけど、前日の「ベイシー」の音は決して「リアル」というのではなくて(フツウのジャズ喫茶よりは当然十分「リアル」ではあるけれど)、現実の「音」よりも、オーディオ的快楽を味わう「音」をより強調して聴かせるというか、ある種オーディオの「イリュージョン」のような「音」の世界であるのに対し(あんな重厚なベースの音、あんなに響くピアノの音って現実には絶対無いもんねー)、ここエルビン」の音はライブの延長というか、目の前でプレーヤーが楽器操っているという「現実」の延長のような質感がありました。
この音を操っている店主、坊主頭に金髪の冠の一風変わった髪型、口ヒゲ、鋭い眼光、まあ街でフツウすれ違ったらちょっと避けて通りたいような一見硬派な「カルロス・アンドーネ」さんでしたが、例によってhanamusiさんが話かけ、初対面にもかかわらずじっくり話したり笑い合ったりしている様子を見ると、どうも外見とは逆に実は気さくで人懐っこいヒトみたいでした。
アンドーネさん(本名 安藤さん)によると、スピーカーのユニットのほとんどはダイアトーン製で、ダイアトーンでもプロ用のモニターユニットを寄せ集めて自作箱で作ったそうです。ウーファーは40センチでスコーカーだけはコーラル製?(この辺はうろ憶え)で、適当に置いた!のだそうです。
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アンプは211のプッシュプルとアルテックの多分807使った奴で、チャンデバ使わずになんかコンデンサ噛ましてムリヤリにマルチにしたそうです。この辺のところはその道のプロであるhanamusiさんが聞いて思わず「ひぇーっ」とのけぞるようなやり方だったみたい。
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入力系は「ベイシー」にならい、キャビネットレスのリンLP12にV15タイプⅢ。
こんな組み合わせでこんな音が出るということで、hanamusiさんによると、「『ベイシー』の音はユニットや箱、アンプ等、あの広い空間が揃えば、なんとか近い音は出るかも知れないけど、ここ「エルビン」の音は真似しようと思ってもたぶん誰も真似できないよ!」の一言ですべて言い表せるような世界でした。(でも「ベイシー」の偉大さは、あのJBLのフルの「音」を30年以上毎日何時間も出し続けているってことではある。気が遠くなりそう)
まあ両方とも近くにこんな店があったら、、いつも居座って常連になり、影響受けて店主といっしょに”バカ”やりそう。
ベイシーは若干敷居の高さを感じて、まさに「詣で」という感じだけど、ここは気軽に「寄る」という感じでした。
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最後に店主と記念撮影。
この後、再度一関へ。
              <続く>     あー、なかなか東北編が終わらない。正直言ってキツイです。
二日目。
前夜のバーでの情報をもとに、急遽、予定のなかに「ニッカウヰスキー宮城峡蒸留所」(仙台工場)を割り込む。
ウチのメンバーは当然この手の情報に敏感であり、美味しい酒が飲めるぞ、となるとフレキシブルに対応する、否、今回の旅行の目的もそもそも三分の一くらいは「酒」であったのでは後々振り返っても考えざるを得ない。
まあこのメンバーは「音・酒・食」の三大動機が揃ってこそ、アクテイブに活動するのだ。

で、宮城峡蒸留所。
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場所は仙台市内ではあるが、相当に山側にある。市内中心部からクルマで30分くらいのところ。
峡谷になっており、このあたりは冷え込みがさすがに早いのか紅葉が大分綺麗になっていた。
温泉もあるみたいである。
このちょっと先はもう山形県で、将棋の駒で有名な天童市に隣接している。
蒸留所は河沿いも森の中にあった。
独特の煉瓦積みの建物に段々近づき、ウイスキー蒸留所独特のキルン塔を見るだけでなぜか心がウキウキ致します。
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受付を済ませると(当然、無料!)順番に案内人がついて蒸留所内の製造過程を案内してくれます。
わたしらのグループを案内してくれたのは、
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仙台美人でした。
他の案内の女性を見る限り、唯一「当たり」だったような・・・。なんか儲けた気分で説明を聞きました。
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ウイスキー蒸留所のキモである、「ポットスチル」。
ニッカの余市蒸留所のとは少し形状を変えているそうだ。いつかは余市にも行くぞ。
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えっと、2年、3年、5年だっけ?熟成によって香りが変わることを示した体験用の樽なんだけど、まあ香りだけ嗅がせてまだ飲ませない、という、カップラーメンでお湯入れて3分待つ的な「じらし」的な演出でした。
こりゃ、ウイスキーを普段飲まないヒトも否が応でも興味でてくるわな。特に普段は香りの薄い焼酎ばかり飲んでいるヒトたちにとっては。
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この後、やっと試飲できました。
残念!なことに試飲できるのは一杯だけ。
それでも満喫いたしました。
販売店ではもっぱらカスク専用のコーナーに張り付き、試飲のショット飲みを繰り返しました。
今回は留守番のpon氏へのお土産も購入。なんせ宮城峡のカスクはここでしか手に入らない。

とにもかくもみんな”しあわせな気分”で蒸留所を後にいたしました。
この後、「エルビン」へ。
                                                <続く>
都合約4時間近くは「ベイシー」にいたのだろうか、6時を過ぎて暗くなって一関を後にする。
やはり東北は日が暮れるのが早いようだ。
一路、宿泊地の仙台へ。

8時くらいにホテルに着き、まず宴会場所の相談。
これも旅の楽しみ。
仙台といえば「牛タン」!
牛タン炭焼き専門店を捜すも、どこも満員。行列ができている。
明日もあるし、今日は「牛タン」は止めて仙台は気仙沼も近いしの新鮮な海産物もイイんじゃない的な提案もあり、とりあえず雰囲気の良さそうな半地下の居酒屋に入ってみる。
「もしスーパードライしかなかったら、どうしよっか?」非双子さんの会話が聞こえる。
wooさんがすかさずチェックし、残念ながらビールはエビスは無いみたいだけど、とりあえずドライじゃなくてキリンらしいからまあガマンできるだろう、ってことで、店に入る。
まあその店は魚もそこそこ美味しくて日本酒の比較試飲ができて「まあまあ」であった。
九州では食えない秋刀魚の刺身とか食べたし。
日本酒は「乾坤一」がまあま美味しかった。他に飲んだのが「栗駒山」「浦霞」だっけ?
ところで、一関のソースカツ丼屋でも、この居酒屋でも言われた東北の今一番の旬の食材は「牡蠣」なんだそうだ。
ところが「牡蠣」と言うと一部に拒絶反応しそうなヒトたち・・・毎年やっていた牡蠣焼忘年会で当たったヒトたち、がいてどうしようか、という意見もあったものの、もう「ベイシー」も行ったし、旅行の目的を果たしたんだからいいんじゃね、ってことで食べました、「牡蠣の昆布焼」。
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これは日本酒にベストマッチでした。

その後、また「ジャズ」が聴きたい、ってことで、そういえば「ベイシー」と名前が対になっている「カウント」が近くにあるはずだ、と捜す。
やっと見つけた「カウント」
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結構期待して入ったものの・・・・。
まあここは正統なジャズ喫茶ではなくてジャズバーという感じでありました。
飲みに行って、宴会を抜け出して、一人でちょっと気休めにジャズを聴いて帰るみたいな・・。
一応CDじゃなくて、ちゃんとレコードをかけているってことには好感が持てましたが、まあ「ベイシー」に行った後では・・・ちょっとかわいそうだったかなと思います。
スピーカーがウチと同じアルテックのA5ってのも、個人的にはまったく目新しさが無くて(なぜか音がソックリであった)、なんか自分の部屋で聴いてるようで、何を今更、という感じでありました。
足早に店を出て、もう1件、こんどはアイリッシュパブは無いのか?と捜す。
歩き回ってやっと見つけた店は結婚式の二次会で貸し切りで入れず。残念。
歩き疲れたので直ぐ近くのバーにとりあえず入る。
店の名前は「森羅○象」。
エレベーターで上っていって、下りたらすでに入り口であった。
客はワタシらだけの貸し切り状態。
ちょっと大竹マコト似のダンディーなマスターとママさん?らしいヒトがやっている。
思ったよりもなかなか雰囲気のいいバーである。
ただカウンターの奥に並ぶボトルの数は決して多くない。
メニューを見てもありきたりのモルトしか置いていない、例えばアイラならボウモアとラフの2,3種類という感じでちょっと期待ハズレであった。
とりあえず「ギネス」を頼む。
スタウトギネスの冷やす温度とグラスへのつぎ方で店の力量がわかる。
ここはまずまずであった。
その後wooさんとカウンターに座り「変わった酒」を所望する。
そうしたら数本のボトラーズブランドのボトルが数本。
銘柄は忘れた。とりあえず順番に飲んでいく。
ママさんとちょっと話をする。
普段、何を飲まれてますか?と聞かれたので、「バーに行ってモルトもよく飲みますよ」、というような話になり、「最近飲んだのでは、イチローズモルトやスーパーノバが・・・」というような話になった途端、、「ついこのあいだまでウチにもスーパーノバがあったんですよ!」と嬉しそうに急に表情を緩めた。
おたがい「あれは旨かったですよねー」と意見の一致を見る。
こうなったらしめたもの。
最初は言葉遣いで地元の人間ではないと少し警戒されていたようだが、この時点でうち解ける。
こうなればいろいろ酒のことを語る。(飲んだら語るクチなんで・・)
wooさんが横で聞いていて、「そんなに”語る”んだったら、なんか”特別に珍しい酒”注文してみろよ!」
と言われて、ちょっと思案。
「じゃ廃業した蒸留所で、”ポート・エレンは”・・・」という話をしたら、急に主人が出てきて、「お客様の方からその名前を聞くなんて。・・・・実は秘蔵している1本がございまして・・・」と奥から仰々しい箱に入った未開封の1本を持ってくる。
なんでもこのボトルは世界で限定300本で、日本には数十本しか入らなかった酒で・・・みたいなことを語るマスター。
「そういうボトルなら、さど高いんでしょうねー」
「そうですねー。高いというより、もう手に入らなくて・・・」
どうもこの店の”宝”みたいな秘蔵のボトルらしい。
「ポートエレンは、確か昔の安いボトルのやつでも今や1本2マンから3マン近くするから、これは多分、4,5マンは・・・」というような話をしていたら、横で聞いていたwooさん、「じゃ、これ飲ましてよ?」
「えっ?」
「いやー、だから飲ましてよ。いくら?」
「はー、こ、これはウチの店の宝みたいな・・・、高いし、だから・・・」
段々小声になるマスター。
「いやー店なんだから、飲ましてなんぼでしょ?計算してよ?」
「はあ、・・・・・でも高いですよ。」
「いいから、計算してよ」
しかたなく、計算するマスター。
「大変申し訳ありませんが、一杯4000円になります。高くなってすみませんが・・・」
「4000円か。なんだあ。」
「じゃ2杯!」
「はっハイ、かしこまりました。」
なんかちょっとマスターがかわいそうに思いましたけど、とにもかくにも”ポートエレン”が飲めるのである。
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残念そうに粛々注意深くとグラスに注がれる。
一杯を頂く。
グラスに顔を近づけただけで薫る独特なこの香り。
ワインにも通じる、いやもっと濃厚な世界である。
口に含む。
これは、旨い!
旨いなんてもんじゃないくらいに旨い。
そう、この味はワタシが初めてポートエレンを飲んで、初めてウイスキーを”命の水”と理解し、再び飲んでみたいと長年求めていたあの味でありました。
久しぶりに”出会えた”という喜びで一杯になりました。
ふだんはアイリッシュモルト党のwooさんも「これは、さすがに・・」と感心している様子でした。

その後マスターにそんなにウイスキーが好きなら、ここから30分ほどいったところにニッカ・・・。

翌日へと続きます。
いよいよ「ベイシー」である。
思えばジャズ喫茶「ベイシー」の名を最初に知ったのはいつだろうか。
たぶん、ジャズを聴き始めて最初にスイングジャーナル誌を買っていた頃、漠然と東北の方にある有名なジャズ喫茶として最後の方の広告で見ていたような・・・。
店の概要を初めて知ったのは地元のジャズ喫茶に置いてあった「ステレオサウンド」の何号かに巻頭のスーパーマニアの記事で初めて「ベイシー」と店主の菅原さんを見たような気がする。(後で調べたら」「ステレオサウンド」の73号、1985WINTER号だった。今見ると菅原さんが若い!)
その時に確かpon氏がいっしょで(あー、ちなみにpon氏とワタシは30年以上のつきあいである)、当時ジャズ喫茶の多かった京都の大学生であり、ジャズ喫茶に関する情報も多かったpon氏の言葉で「このジャズ喫茶が何でも日本で一番音がイイらしいぞ!」的なことを言われたことがあったと思う。
その記事の中で、メインのカートリッジがシュアのV15のタイプⅢで、年間200個の換え針を買ったこともあるという内容に単純に驚いた印象が残っている。
その後「ジャズ喫茶ベイシーの選択」(ぼくとジムランの酒とバラの日々)を手に入れて読んでみて、その豪快かつ神経質、半端ない”モノに対しての拘り方”に世の中こんな凄いヒトがいるんだ、ととても感心した。
思えばその時に、当然、「漠然と行ってみたい」という感覚から、「いつかは絶対にベイシー行くぞ!」、と心境が変わったのであった。
今回、やっと実現できたことになる。
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店の前の駐車場には例によって店主の濃紺のキャデラックが置いてあった。
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入り口はドアを二つ抜けて入っていく。確かこの二つのドアの距離も微妙に計算されているということだったはず。(ドアを押した時のスピーカーに対するエアというか、風圧の影響を極力排除するため?と何かで読んだ。)
店内に入ると、いきなり大音量。
鳴っていたのはレイ・ブライアントの「ゴールデン・イアリングス」。
大音量の中、窓のない薄暗い空間に写真で何度も見ておなじみの光景がそこにあった。
中央に鎮座するJBLのダブルウーファーシステム。
スピーカーの前にはドラムセットがあり、その横にはグランドピアノ。
入り口から右手のグランドピアノ側の方はバーカウンター風になっており、その一番手前側にガラスで隔てた空間ににレイのキャビネットレスのLP12やJBLのやアンプが鎮座している。
バーカウンターの後ろは全てレコードであった。ざっと見ても数万枚!
レコード室の前の丸テーブルに店主の菅原さんが座っていた。周りが原稿だらけ。思えばここで「ステサン」の記事「聴く鏡」を執筆されたんだと思った。
なんか威圧する雰囲気がある。ちょっと恐くて声かけづらそう。
とりあえず黒椅子にすわり音を聴く。
座った場所は最初は中段の席、その後2.3分で一番後ろの野口久光コレクションの」前の席に移る。

いやー、激しい音である。凄い中低音である、素晴らしい!
とんでもない大音量でもある。
最もジャズらしい音でもあるが、この音だとクラシックでも上手く鳴るだろう。

最初に店内に入って「ゴールデン・・・」を聴いた時の印象は中低音が張り出した音で、そう、今まで聴いた音のうちでは、熊本の「音○舎」の音にに一番近くて、wooさんとは思わず「あそこと同じじゃないか!」的な言葉を交わしていた。
ところがもっと注意深く聴いていくと、やはりもっと激しい音というか、突き抜けてるというか・・・。
かの「ステレオサウンド」の菅原さんの記事の中に「オーディオマニアは低音をできるだけ締める方向に苦労し、JBLも放っておくと低音は締まりがちの低音になってしまうが、自分は低音を”締める”のではなく、出来るだけ”緩める”のに苦労している・・」という言葉があったと思うが、ここのJBLの音はユニットの性能を”抑える”ことなく”最大限に発揮”させた上で全体のバランスをとっていくという、ややもすると「抑える」ことから始まるようなチマチマした現代家庭オーディオのアプローチとは明らかに違うやり方なんだとすぐに理解した。
ウーファーユニット(2220Bだっけ?)の性能をフルに出すために、性能のいい部分も悪い部分もすべて吐き出させたるために、性能を最大限に発揮できるための箱に入れ、それに見合った最高のドライバー375と最大のホーンも持ってきて、JBLのユニットに最も相性のいいJBLのアンプをフルに鳴らし込んでいくという考え方。まあいろいろと制約の多い家庭オーデイオではちょっとムリなやり方ではある。
”すべてを淀みなく出す”ってことはJBLの持つある種の雑味も”隠さず”に出すということで、よくよく聴いていると耳に不快な”キツイ音”まで平気で出ていることがよくわかる。
ここのスタイルとして優秀録音盤や特定の盤だけ聴くのではなくて、平凡な録音、劣悪な録音盤、すべてのレコードの性能を受け止め安定的にコンスタントに出して、なにがしか”楽しめる音”まで持っていこうとする方向性を感じました。

その後、wooさんに呼ばれて席を中段の中央の席に移動。(あまり席を変えるのは迷惑行為でマナー違反ですが・・・)
この席で聴くと、
いやー圧倒されました。
まさに”牙をむく”というか、圧力に負けて吹き飛ばされそう(オマエは絶対に吹き飛ばされないだろうという外野の声も聞こえるが・・・)になりましたもん。
ベニーカーターのライブのレコードをかけたときで、音があまりに生々しくて、なんか目瞑って聴いていたら一瞬ライブ会場にいるような錯覚がありました。
スピーカーは前に2個しかないはずなのに拍手とか明らかに自分の背後の上空あたりに感じたし、ベースが自分の斜め前方数メートルの位置(スピーカーより明らかに外側にある!)にリアルに感じました。
それにしてもこんな音を毎日何時間も、通算30年以上も出していたなんて、やはり”化け物”の世界の音なんだと痛感させられました。
確か菅原さんが夜中にうつらうつらコルトレーン聴いていたら、亡くなったコルトレーン本人が目前に下りてきて何か会話したとか、しないとかの記述があったけど、こんな音を深夜中聴き続けたら、そんなこともあるだろう、と妙に納得した。

その後、hanamusi氏がなぜか店主に呼び止められ、奥の原稿執筆場である丸テーブルでなにやら昔からの友人のように談笑してました。
たまたまワタシもトイレに行きたくなり、カウンター奥のトイレに行こうとしたらすでに先客がいて待っていたら、店主から呼び止められ、「まあ、ここに座れ!」と言われて、”菅原さんと話ができる”と割とミーハー的に喜びがこみ上げ、当然断るはずもなく、ウキウキと丸テーブルの椅子に座らせていただきました。
まあ九州からわざわざ来た、ということで、店主が心遣いしてくれたということだと思います。
若干の世間話をしていましたら、とうとう堰切ったように待ちきれなかった他の町内会面々も呼ばれて全員嬉々として丸テーブルにつく。みんな嬉しそう。
そこでオーディオ談義したり、執筆中の原稿見せてもらったり、ケイコ・リーの自筆のお手紙見せてくれたり、外見の取っつきにくさとは裏腹に、実に気さくで率直な人柄の方でした。
威張るようなことは一切なくて、物言いが思慮深くて含蓄を含んだ言葉で、この人自身が魅力的でいろいろなセレブなヒトたちを引き寄せるんだと納得しました。ちなみにpon氏のA4システム導入時の写真見せたら興味深そうにしていました。
「聴く鏡」を購入し、サインを頂くことに。
調子に乗ったワタシらは写真を撮っていいかを確認して、”店主の許可を得てから”店内の写真を撮らせて頂きました。

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カウント・ベイシー本人も弾いたであろうピアノ。
というか、このピアノで一体過去どれだけのビッグネームが弾いたのかを考えたら・・・溜息出ます。

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サイン中の店主 菅原さん。
この丸テーブルも考えたらエルビン・ジョーンズとか訪日したジャズのビッグネーム、JBLの社長とかスガーノさんとか、文化人では阿佐田哲也とか永六輔とか・・考えたらもの凄いメンツがここでジャズ聴きながら店主と談笑していたんだろうなあと思った。
この席で聴くと「激しさ」が和らぎ、なぜか凄く聴きやすくなる。
この席で聴いたビリー・ホリデイは素晴らしく良かった。

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このレコード室は配線があるのでちょっとマズイと後で注意される。あーあ。

話をしているときにレコードが終わり、”レコードをかける様を”みせてもらいましたが、流れるようにスムーズでカッコ良かったです。
考えたら毎日数十枚のレコードをかけて、そういう日々を三十年以上絶え間なく連続してやっている、ってことは凄い。
一体今まで何万回レコードをかけたのだろうか。
レコードをかけるのはどんなに忙しかろうと必ず店主本人がやるようです。
このあたりにいくらセレブになろうともジャズ喫茶の本分は忘れない菅原さんの基本スタンスというかポリシーを感じます。

最後に菅原さんは出血大サービスで店の前で記念写真まで撮らしてくれました。
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この”微笑み”を見ると菅原さんもけっこう面白かったのかも。
<続く>
昼前に仙台に着く。
寒い、かと思ったらまったく気候は変わらない。
22度もあった。ただ紅葉の進み具合が若干10日ほど早い感じ。
とりあえずレンタカーの手続き後、高速に乗り、一路、一関へ。


空港から1時間強、1時過ぎに一関に着く。
一関の駅。
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で、ちょうどお昼時であり、事前に調べたグルメ情報。
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そう、「松竹」である。
一関名物と言えば「直利庵」の極太蕎麦か「松竹」のソースカツ丼!

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これは旨かったです。なんかちょっと懐かしい味。
ここの女将さんがいい味出していました。(決して女将さんを食べた訳ではないので、念のため。明らかに50過ぎだし・・・)
次はいよいよ・・・・。
                                          <続く>
問う。
ジャズが好きという輩は一般に”どこで”ジャズが好きになったのか?

ジャズを好きになった時期、と問われれば、多分、学生時代、特に大学時代が多かろう。
高校生や、まして中学生には、ブラスあたりをやってる連中以外でジャズに関心を持つのはちょっとムリというか、メロディーや旋律をある意味破壊していく種類の音楽であるジャズは子供には理解しがたい”大人の音楽”であったはずだ。
じゃ、大学生の時分にどこでジャズと接したのか?
ライブ?わざわざ興味もないのにカネ出してまで行かないだろう。まあ知り合いにいきなりマイルスのコンサートに行って衝撃を受けたというヒトはいるけど。(羨まし!)
たぶん、大方のヒトたちはジャズに最初に興味を持ったのは「ジャズ喫茶」に初めて行った時が多いのではなかろうか?
学生時代はカネがないから、レコードも買えない、ステレオセットもバイトしてやっとなんとかショボいシステムを手に入れ、やっと手に入れたシステムも大音量ではまったく聴けず、せいぜいラジカセかウォークマンでダビングしたカセットテープをやっと聴いている(今はその反発で、大量のソフト、大げさなオーディオセットになっているような・・・・)、というような具合だったはずだ。(さすがに最近はデジタル化
されて様相が違うが・・)
まあそういうショボい音楽生活の中で、唯一、大量のソフトを、憧れのオーディオセットで、大音量で味わえる空間、がまさに「ジャズ喫茶」であった。
ジャズ喫茶、おおむね暗く(裏通りや地下が多い)紫煙たなびく閉鎖的な空間、コーヒー一杯で何時間も粘り、いろんなソフトを聴いたっけ。
店ごとに全く音も雰囲気もまったく違い、その違いを楽しむことも多かった。
初めてJBLやアルテック、マッキンのアンプ聴いたのもジャズ喫茶であった。
ジャズ好きなら誰でも自分の「お気に」の店があったのでは。

このように、自分のジャズ好き、音楽好き、オーディオに多大な影響を及ぼしたであろう「ジャズ喫茶」。
間違いなく自分のジャズ観、オーディオ観のひとつの原点であるのは間違いない。
今やジャズとオーディオにズッポリ浸かって(あっ、当然”酒”もです。ハイ)その中で泳いでいる(まさに泳いでいます。ハイ)ような生活をしており、さすがに40代になり、人生中盤を過ぎて(もしかして終盤かも?)、死ぬ前に一度はジャズ、オーディオの原点を確認しておきたいという漠然とした思いをもとに、それなら”日本一のジャズ喫茶”に行かずして何を語るか?ってことで、今回の東北ツアーとあいなりました。
あっと、”日本一のジャズ喫茶”は当然一関の「ベイシー」でございます。
東北ツアー=「ベイシー」ツアーでもあります。
(前フリが長すぎ!)

そもそもは、自分だけだったらやはり、九州からは相当に遠いし、カネもかかる、店も開いているか分からない、でなかなか踏ん切りが付かなかったと思う。
酒の席で、そういう話題になり、ベイシーの店主の菅原さんもけっこう高齢になってるし、店閉める前までにはそのうち行きたいよねえ、的な話でフツウは終わりであるはずであった。
ところが町内会メンバー、”思ったらすぐ行動”をモットーにしているボジなヒトたちがけっこういて、酒の場でいないなあと思ったらすでにネットで調べて、どうも福岡発仙台行き2泊3日ホテル代込み4マン台で行けるらしいということがその場でわかり、なんか知らぬ間に酒の勢いで(また酒か!)どんどん現実化していった。

で、日程調整で、東京のオーディオフェアの時期を避け、事前に訪問したヒトの情報をとり、10月の某日にツアー決行は決定。
さんざん準備会(要するに飲み会)を重ね、役割分担(というか、要するに”飲まないで運転する犠牲者”を決定、最大の問題であった。)、訪問場所の確定した。

当日、朝5時半に出発。
なんたって不良中年であるから
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空港について早々、朝8時過ぎだというのに「ビール」を飲み、
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キャビンアテンダント?はしっかりチェックするという。
一路、仙台へ・・・。
                                              (その2へ続く)
10月の町内会の一大イベントの準備打ち合わせと称しての飲み会(・・・というか、イベントの前2,3週間はなにがしか「打ち合わせ」という名目で、イベント後には「反省会」という名目での飲み会が常に行われるのが町内会の"掟”である。例えば、忘年会という行事に対し、前週に最低1回、後に反省会で1回の飲み会が必ずあるのだ!)が月始めに行われ、その中でPON氏が、「今、ヤフオクに例のgaussのウーファー5831が出てるよ。」と話題にする。
gaussの5831ウーファー。
ダブルウーファーシステムの「ビッグブロック」で、O塚社長が、現状2個しか持っていないので仕方なく異機種のJBLのLE15と組まざるを得ない中、ずっと探し求めて来た機種である。
国内のオクにはほとんど出ることがなくて、PON氏が海外のeBayで捜してもなかなか見つからなかったたぶん「幻の機種」である。(特にアルニコ)
9月のwoo邸一泊オーディオ行脚以降、メインシステムの音に特に不満であったO塚さんにとって、同一機種でのダブルウーファーシステムの構築は、現状を打開するための実現せねばならない”最後の切り札”であったのではと想像する。
いや、もしかしたら単純に現状のJBLのLE15も持主である”花・・・氏”から、ことのあるたびに切り替えされる、「いつ返すのかなあ?(へー、そんな反抗的態度でいいのかなあ?)」的”いびり”行為を回避したいがための発作的な防衛行動だったのかも知れない(笑)。

みんなの前で「絶対、gaussを落とす!」と宣言する。

その後、大番頭さんがたまたま同時期に美品のJBL2440が出品されていることも話題にする。
その出品者が同一県内からの出品で、その出品物の後ろにうっすらとJBLの4350か4355が写っていることが話題になる。
hanamusi氏の知り合いでも、4355クラスを所有しているヒトは県内に数人しかいなくて、知っているヒトには誰も該当しないらしい。
こんな美品の2440持っているのであれば、もしかしたら他にいろいろ持っていそう。
ぜひお近づきになってみたい。
お近づきになるためには落札するのがいい。
というようなことで、現状、ビッグブロックのドライバーもPON氏の借り物であるということで、どうせならいけいけどんどん、またまたO塚社長が「2440も絶対に落札する!」と宣言する。

いやー、なんせパイオニアのKUROの65インチを、”酔った勢い”で注文しちゃったヒトだから(50インチ」のプラズマもっているにもかかわらず・・・)、思いこんだーら試練の道をー ヒユーマー・・・なんて調子で、なんでも(酔った勢いで)実現してしまう行動力のヒト、O塚社長、であった。
(ところで、例の「巨人の星」の歌の「おもいーいーこんだーらー・・・」を、「思いこんだら」と理解せず、「重いコンダーラ」と誤解して、整地用ローラーのことを「コンダーラ」と思っていたヒトがけっこういるらしい。ウソみたいなホントの話)
O塚さんはオクをしないので、急遽、指名でなぜかワタシが実際の落札を付託される。
まあ(これも酔った勢いであろうが・・)落札したあかつきには、若いネエチャンのいるところで酒池肉林の接待と手みやげに鷹来屋をつけると言われれば、女性には一切興味がない「オカタい」自分でもO塚社長の頼みとあっては引き受けざるを得ないだろう。

翌日、競合することもなくまずgauss5831を落札。
O塚社長に電話すると「やったー、次も頼むけん・・。」
その時のやりとりで、次は金額も大きくなりそうなので、O塚邸で落札することに。
翌日、仕事終了後にO塚邸訪問。
さっそく入札。当初、予想していたより安く、9万円台で一旦動きが止まる。
このままの値段で落札できれば、当初の予算より”大幅”に安く、2440用に用意していた予算だけで2440とgaussの両方が手に入るぞ!と喜んでいたO塚社長。
これでホントに酒池肉林の・・・なんて思っていたら、当然、話はそんなに上手くいくはずもなく、残り3分で金額がいきなり引き上げられる。
ここまで来たら当初予算予定の金額を入れておこう、と余裕の金額を入れたら、ほぼ当初予想通りの金額で無事落札できた!
思わずガッツポーズ!
嬉しそうなO塚社長であった。

二日後に2440を直接取引で取りに行く。
相手はなんとO塚社長の自宅よりクルマで7分の某氏であった。
まさかこんなに近いとは!
面白いことに、この方はワタシの職場の先輩の同級生、というか親友でもあった。
そういえば、その先輩からJBLの43なんとか、とかいうデカいスピーカー持った友達がいる、と過去聞いていましたが、まさにその方でした。
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スピーカーは4355じゃなくて実際は4350でした。

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これが落札したブツ。非常に美品である。

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ちなみに出品者は生録の愛好者で、スチューダーやアカイのオープンデッキを4台お持ちのマニアでした。
テープの音も聴かしていただきましたが、とても30年以上経過しているとは思えない鮮度の高い音でした。
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この方はアンプジラも2台お持ちで、メーター等が壊れたときもすべて自分で修理されたそうです。
なんせこの方は非常に器用な方で、ラックやアームベースなんかもローズウッドなんかの無垢材を自分で加工して一見「純正?」と思えるような完成度で自作できるようなヒトなので、自宅も近いし、ぜひ今後っとも交流したいと思います。
あっ、O塚社長からの接待の話はいづれ、また。乞う、ご期待
                                                      以上