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このネタで三つ目。

15時前に作業は終わる。
借りていたゴム手袋や長靴を返したんだけど、ゴム手袋は土が付着し放射能を帯びているらしいのでそのまま廃棄するらしい。
でもなぜか長靴は洗ったんだよなあ。

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このときけっこう雪が降り始めてかつ風も出てきて寒いのなんの。
長靴の泥はしっかり落とします。

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雪降っています。
夕方になると無人の街。
もう二度と来ること無いんだろうなあ。

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せっかくだからと地元活動家さんがボランティアセンターより東側(海岸に近い方)を見せてくれることに。
ただし、視界は雪のため非常に見通しが悪い。

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国道6号線らしい。
うーん、視界はせいぜい100m位か?


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なぜここまで来たのかというと、コレです。

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無人の家なんだけど、よく見ると1階部分のガラス窓等が無いのがわかります?

そうです、津波に家が晒された地区なのです。

この家はやられていますが、この後ろのちょっと小高い部分は免れていました。(それでも放射能で住めないけれど・・・)
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ここらあたりもけっこう家があったらしいのだけれど、ホント跡形も無く流された?(片付けて更地にしたのかも)
活動家に言わせると、この辺で10m位の津波だったらしい。

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ここなんか家の基礎部分のみが残っている。

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これはわりやすい。

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アイフォンのマップで示したけれどちょっとわかりにくいかな。

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まあ、この日は放射能の被害と津波被害の凄まじさが良くわかった1日でした。
実質的にはボランティア作業は6時間もなかったけれど、ここまでやってきて実際に見て経験したからこそ被害の甚大さがよく実感できました。
個人的にはボランティア活動なんてちょっと偽善的であまり好きではないんだけれど、今回は参加して非常に良かったと思っています。

ここまでは割合真面目な内容でございました。
この後はフクシマ・グルメ編に突入いたします。






ちなみに、


フクシマに来て町内会の土産はなんにしようか迷ったけれど、


やはり町内会の面々にもフクシマの苦しみを味わってもらうべきである!との観点からコレにいたしました。


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なみえ焼きそばせんべい!
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浪江といえば、

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ここです!
DASH村のあった、線量が高くては入れない町。
今やこの「なみえ焼きそばせんべい」もレアアイテム化すること間違いなし!






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と言っても実際は福島市で作ってるみたい。


次号よりグルメ編です。
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今号は異常に長い(本ブログ史上たぶん最長!)ので興味の無い方は無視してください。


新幹線で夕方6時半に福島市に到着。

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おっ、「こけし」だ。
上娘が喜びそう。
なんたってアイツはコケシの専門誌(確か名前は「こけし時代」だっけ?変じゃね?)を読んでたくらいだし。

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この後ホテルでチェックイン後に今回の参加者(九州より11名が参加)のかるーい夕食会兼宴会が開かれるんだけど、このときの話は別稿で。

翌日朝5時半に起床。
外はまだ真っ暗け。
前日東京駅で買ったパンを食べる。高いくせにもう硬い。ボリやがって。
6時15分にホテルのロビーに集合し、地元の活動家とともに一路”南相馬市”へ。
目的地まで約70キロくらいあるらしい。

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途中のセブンで昼飯をあらかじめ購入。
ボランティアの場所は放射線の線量がまだ強く、日中は入れるけれど夕方5時以降は滞在禁止らしい。
よってコンビニなど営業しているはずもなく事前に用意しておかなければならない。
福島市の途中から完全に雪になっていた。

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”飯館村”に突入。
ここは放射線量が高く、居住できないらしい。
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ブランド牛の産地だったらしいけれど、うーん。
このあたりからちょっと街がゴーストタウン化していく。
 
原発からより近い南部のいわき市や南相馬市の北部は全戸非難が解除され居住でlきるようになったにもかかわらず原発からちょっと距離のある飯館村の全戸非難が解除されないのは、
s-20110314-832700-1-L[1]
この原発の爆発の時、北西に向けて風が吹いていて浪江町(DASH村があったので有名)や南相馬の山間部、飯館村に主に高濃度の放射能を含んだチリが飛んできたためらしい。

地図で言うと、

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こういう状態。

ちなみに本日のボランティア場所は南相馬市の南西部の小高地区ってことなんだけど・・・。
大丈夫なのか?と地元の活動家に聞いても、「そんなこと気にする方はボランティアに参加しないほうがいい!」と言われて、
まっ、いいか、と楽観的に考える自分。

これ南相馬の市役所だけれど、この周辺は全戸避難が解除され現在は居住許可はおりている。
海に近いので雪は積もっていない。
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この後、南相馬市は原町の社会福祉協議会へ。
ここは居住できない地域なので5時までに退去しなければならない地区。
ここに「災害復旧復興ボランティアセンター」がある。

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ボランティアの心構えを今一度確認。
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受付する。
この日の参加者は約40名ほど。

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作業としては個人の家の復旧の手伝い。
具体的には自宅周辺の雑草刈りや荷物移送等の手伝い。

9時くらいに出発。

信号待ちの間見たこの家、ガラス窓が壊されている。
略奪にあったらしい。

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人気のいない各家をよくよく見ると、同様の状態の家がそこかしこにあった。
歩くヒトの姿をさがしたけれど、見つからない。ほぼ無人の街、ゴーストタウン。玄関から今にもヒトが出てきそうなリアルな感じはあるのでちょっと不思議な感じ。
町並み自体は九州の町並みとまったく変わらず、ただヒトだけがいない。生活感がありそうでまったく無いというちょっと変な感じ。
こういう景色をずっと見て思い出したのが村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」に出てくる「世界の終わり」の街だった。
最低限の生活は行われているが、それは未来のない人々の生活、目的や希望、娯楽を持ち得ない、昨日と今日がまったく同じ街。
ただ食べて、ただ寒さをしのぎ、ただ生きていくだけという街。


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これ田んぼだったのだけれど、原発事故以降は線量が強いのでそのまま放置。
ほとんどゴルフ場のブッシュやラフみたいになっていた。
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ボランティアの作業自体は庭周りの雑草刈りや自宅周辺の雑草、ゴミの整理くらいで単純作業。
草刈機であっという間に終わらせる。

依頼者(60代の女性)は典型的な農家住宅の居住者。震災前に横に高速道路が出来て、一部立ち退きになったので本宅の横に息子夫婦用の新居を作ったものの、ほとんど居住するまもなく震災が起きてしまい今は福島市内の仮設住宅に住んでいるらしい。
家自体は本宅と新宅で120坪以上に大豪邸なんだけれど、息子夫婦はさすがに放射能を気にして帰ってくる予定はないらしい。
ちょっと悲しい現実を聞いてしまった。

水や電気のライフラインが止まっているのかと思いきやこの地区はフツウに利用できたので、大量の汗をかいたワタシは顔を水でザブザブと洗ったのだけれど、よくよく考えたらこれけっこうマズイような。
まあ小さいことは気にしない。

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集めたゴミ。

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この日は1月17日で阪神大震災からちょうど20年目ということでテレビの取材が来ていた。


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もう1件のほうにも行くことに。

途中除染作業をしていた。
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ちなみに除染作業とは農地等で(汚染された)表面の地表を数十センチ削って行く作業。削った土は各場所に大量に積み上げられていた。
ただし除染をしたから安全ということは必ずしもなくて、この地区自体がいくら農産物を作ろうが線量が高いので商品にならないらしい。作った作物をモニターして線量が下がったら避難から戻っても自立できるだろうけれど現状は相当に厳しいようです。

もう1件の作業は荷物運びと空き家にした家の掃除。
もうすでに荷物は移動したあとだったのでワタシの作業は家ののかを掃くだけ。

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でもここの依頼者に聞いたら、この家(ここも2件の家と小屋、小屋といってもフツウの家くらい大きい、延べにして130坪以上は建坪はありそう。)壊すそうです。
なんでも地震でやられたとのこと。線量も高いので住めないそうです。
持ち主に言わせるとこの家を全部壊す費用は1000万以上かかるらしい。
国や県から補助は出ないんですか?と聞いたら、単純には出ないので、全壊認定してもらえば少し補助が出るかもということらしい。
ここの家、後ろが杉林でなかなか涼しそう(ワタシは花粉で駄目だけれど・・)な立地で、地震と放射能さえなければ実に豊かな住宅条件と思うんだけれど、壊すと聞くと、他人の家なのに妙な感慨があった。
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この家の前に大量の落ち葉が落ちていて、依頼主はそこまでしなくともいいよ!と言われながら結局ワタシが率先して落ち葉を拾いキレイにしたんだけれど、後で地元活動家のヒトが言うのには、「落ち葉が一番線量が高い!」らしいということで、
どのくらいあるんですか?と聞いたら「うーん、・・・・・たぶん4から5くらいあるのでは・・・」といわれ。

4から5が高いのかどうか知らなかったのだけれど、家に帰って調べたらかなり”やばいレベル”なのね!
地元県が0.03から0.04マイクロシーベルト。
福島市で0.05から0.08ぐらい。
全村避難の飯館村で0.4から1くらい。
小高地区で0.1から0.4くらい。
うーん、高いなあ。
まあ時間にして1時間もやってないし、たぶん半分は冗談だろうし、まあこの地区のボランティアでそんなこと気にしてたら何もできないし。
まっ、いっか。

長くなったのでここで一旦やめます。
先日行った「フクシマ」についてのネタ書こうと思っていたら疲れが溜まっていたのか急に熱が出てしまい今日に至る。
38度5分の熱がでたときはこりゃインフルかと観念したけれど、翌日には34度台に熱が下がり(下がりすぎ!)病院にいって調べてもらってもインフルは陰性であった。
果たしてこの熱の原因は何だろう?

さっそく「フクシマ」ネタ行きます。
このネタで4つくらい記事にしようと思っているので淡々と進めていきます。

まず久しぶりの飛行機。

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外を見ると地図で見慣れた地形。
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3時くらいに東京駅に着く。
さすがにヒトが多い。いるだけで疲れるところ。
4時40分が待ち合わせの時間(今回は11名に参加)なのでそれまでに1時間強。
この微妙な時間どうしょうか?
翌日の朝飯用にパンを買う。(ホテルでは食事は一切つかない)
それにしても東京の物価は異常!
パンの値段高すぎ!
ベーコンエピが何で300円もするの?
トーストにちょっと変わったジャム塗っただけで450円って地代が高いがゆえだろうということはわかるけれど、あまりにも異常!

どこかでコーヒー呑みながら時間潰そうとも考えたけれどどこも混雑してまったくゆっくりできやしない。
仕方なく二駅先の秋葉原に行くことに。

秋葉原!元は電気部品の街であったはずだけれど、「オタク文化の街」になっていた。
まあ電気系のオタクのソフト部門が異常に肥大していつのまにか乗っ取られという感じ。

その元凶はコレですな。

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実質的に1時間もなかったのでせいぜい見たのはラジオデパートのみ。
花蟲さんに電話して「どこか行ってきるべきとこある?」って聞いても、「うーん、特に・・・。 せいぜいバカ高いダイナミックオーディオでも行ってみれば?」とのことで探すもよくわからない。途中メイドカフェの呼び込みのお姉さんに何人も出くわすがあまり可愛いとも思わずメイドカフェにも興味も無いので無視。
こりゃもう一度こなけりゃいけないか。

その後東京駅に戻り全体と合流する。

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東北新幹線に乗り一路福島へ。


ここでいったん終わります。
その2へ。
2015.01.07 今年の正月
明けましておめでとうございます。


といいつつもうすでに1月7日。

今年の正月は、

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おせちを食べ、

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酒を飲み、(33%精米の純米大吟醸の「秀鳳」)

外見たら、

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雪が降っていて、

寒いので

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温泉に行きました。

この一週間で行った温泉は4ヶ所。

うん、今年も温泉名人に挑戦だ!



追記

ちなみにブログは年間30~40書く予定です。
あくまでも予定です。
予定は未定で・・・

今年もよろしくお願いいたします。
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