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これみよがしに難解版を立ち上げたものの、一度断絶した当時からの思考はなかなか戻らず、煩悶の日々が続いている。正直言って「考える」ということはキツイ。
言うべき言葉が見つからない状態である。
約20年間、ほぼ判断停止し無為に過ごした「つけ」は今更ながら大きいことを痛感する。
今は必死に20年前当時は一体何をどこまで考えどういう判断をしていたのか、必死に思い出している最中である。

このままだと収拾がつかないというか、ネタにもならないので、整理する意味で、漠然と思いついたことを適当に無責任に書き込みすることにする。後で脈絡が繋がるかどうか・・・。
で、とりあえずは少しずつ思い出した自分の立ち位置について確認してみようと思う。なんかこの状態というのはほとんどストリップするような恥ずかしさがあるのであるが・・。

まず学生時代(80年代前半)。
当時の周囲の状況は70年代の学生運動が頓挫し、その後のいわゆる「しらけ」世代も過ぎて、なんという世代というべきなのか?次の「新人類」世代とは確実に違う、遅れてきた「しらけ世代」ともいうべき何とも曖昧な世代に属するように思う。
ただ退潮していたもののまだ左翼的風土は色濃く残り、ちょっと大きな書店では哲学、思想系のコーナーの一角は確実に半分か何割かは社会主義系の書物が占めていた。当時はマルクスの「資本論」も岩波の他に大月書店版があったし、学生=左翼的との図式がぎりぎりやっと成り立つかどうか最後の世代であったかと思う。
ただこういう左翼系の書物が頻繁に読まれているかと言われればそういう風情はまったくなく、そういう意味では学生運動世代とは思想的にはほぼ断絶していたように思う。
先輩、同輩を含めて、政治的に反体制的な思考をするヒトはたくさんいてもマルクスやレーニンを実際に読破しているヒトは経済学を専攻しながら皆無であった。(その程度のレベルの大学といえば、まさにそうなのだが・・。)
考えたら70年代の終わりに旧ソ連のアフガニスタン侵攻やらで、本来理想国家であるべき社会主義国家が実際には平和を乱す覇権国家であったという幻滅感?更に確か当時日本海に戦闘空母「ミンスク」を配備とかで今にも北海道が侵攻される的な扇動的書物も発刊されたりして、社会風潮というか、一種の社会心理学として左翼的思想が端に追いやられる時期であったと思う。
一方で韓国で光州事件や70年代のカンボジアでの桁違いの大量虐殺(人類史上最大の虐殺が自分達の生きている時代、いわば同時代に行われていたというショック!)とかも明らかになったりして、社会主義や資本主義、民主主義に関係なく強権国家による国民への蹂躙があまりにも簡単に行われていることに目先のお堅い理論や理想は吹っ飛んだというのが正直なところではないだろうか?
当時の学生に「自由」と「平等」のどっちを選ぶか?と問うてみたら、間違いなく「自由」を選ばせた時代であった。
この「自由」も大きな正義としての「自由」(場合によっては自己犠牲もありうる?)ではなく、あくまでも「個人の自由」(個人的な快楽する自由?)いわば「何者にも束縛されない自由」であったように思う。
「個人の自由」は目先の損得に敏感ということでもあり、自分たちのこの時代から、いわゆる「スローガン」が通用しなくなったのではないかと判断している。
はっきり言って「さめた」世代であったと思う。(この場合の「さめた」は「覚めた」でもあり「冷めた」でもあり「醒めた」でもある。)
                                                         続く
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