毎年恒例の家族旅行。
さて、今年はどこに行こうか?
いつも正月くらいから漠然と考え、家族の中で話題にのぼっていく。
当初、言っていたのが「パンダ」!
パンダみたいな模様の犬飼っている(というか、子犬時代のトム子はパンダそっくりであった)ので、いっそのことホンモノのパンダを生で直に見てみたい、触りたい、(絶対に触れないだろ!とツッコム)との一部強い意見(「そ」)があり、日本で今、パンダを生で見ることができる和歌山か神戸にしようと6月くらいまではほぼ決まりかけていた。
けれども、いざ連続休暇が取れる8月が近づくと、家族それぞれの日程の都合で、どう考えても神戸はムリだろう、という雲行きになり、じゃどこに行くのだ、と”すったもんだ”してしまった。
その時期に、偶々本屋の書棚で見たのが以下の雑誌。
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いわゆるメジャーな「サライ」とマイナー雑誌の「ワンダーJAPAN」(これはいわゆる廃墟マニアの専門誌で当然「そ」の趣味、奴の部屋にはバックナンバー大量にあり・・・)

今回、「サライ」はテーマが「出雲大社 謎解きの旅」、「ワンダーJAPAN」は「山陰+山陽特集」ということで、両方とも山陰の特集。
山陰地方は家族全員未踏の地でもあり、こりゃ行くしかないでしょう、ってことで今回の旅行は「山陰」と前から行きたいと言っていた「倉敷」に決定。

朝4時に出る予定が、眼鏡を忘れたり等で結局5時に出発。
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関門海峡を越える。

9時半に津和野に到着。
鯉にエサをやる。やたらと鯉がデカイ。
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津和野はキリシタン殉教の地でもある。
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森鴎外の生家はショボそうなので外から覗くだけ。
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鴎外旧居の対岸にある、「哲学」の名付け親である西周旧宅を訪問。(あっ「にし あまね」と呼びます。最初は「希哲学」だったような・・・この辺うろ覚えでいいかげんである)
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この西周宅近くの川で天然のスッポンを発見。写真撮ろうとしたら気配を察知されすぐ逃げられる。

津和野から出雲大社までは高速道路とか無くて、ひたすら下道を走る。約200キロ。
4時間近くかかってやっとたどりつく。
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と、本殿が見えない。
そういえば「サライ」に「平成の修造遷宮」のため、平成25年までは御仮殿に鎮座と書いてある。
せっかくの壮大な大社造の国宝の本殿が見られないのか、残念!と思っていたら、よくよく見ると、軽装でないものに限り整理券で無料で修造中の本殿を間近に拝観できるらしい。
時間は4時半までで、今が4時20分。軽装でない(サンダルや半パンはダメ。シャツは襟のあるものに限る)のは家族の中では自分だけであった。
急いで整理券をもらいに行く。
拝観する前に事前に説明を受ける。
今回の公開の試みは千数百年間今までまったく前例のない誠に特別なもので、今回こういう試みを知らずにこのような貴重な体験ができる方は偶々ではなく、ある意味神様に選ばれた、ある種の縁(えにし)の力によるものである、みたいなことを強調される。
そっか、今回の自分はなにものかの力に導かれて、まさに参るべくして出雲大社にお参りしているんだ、と大袈裟に考える。何事も信心と。
期待して本殿の正面側より鉄骨の覆いの中に入っていく。
「おおっ、壮大!」間近で本殿を見る。
本殿は高さが24mあるけども、その本殿を囲むように鉄骨で屋根と覆いが組まれている。
三階建てである。屋根付きの造船場のような状態。
ビルの建設現場の足場のような状態の階段を徐々に上っていく。
それにしても本殿に使われている部材のデカサは半端じゃない。梁の大きさはゆうに1m20はありそう。階段のや踊り場の板も厚さは40センチはあろうか思う。
pic_01.jpgpic_02.jpg(出雲大社公式HPより)
屋根は檜の皮葺きでできており、厚さは1mちかくある。一体何万枚使われているのか?
今回の「平成の修造遷宮」は、屋根の葺き替えが主要目的らしい。
さすがに前回(1700年代)吹き替えられて約300年近く経っているため随分痛んでいるようでした。
見終わったあと思わず千円寄付してしまいました。
ところでこの本殿、8世紀あたり最初に造営されたときは約96mあったと言う伝承があるらしい。
で、数度倒壊して14世紀に建替えられた時に半分の48mになった。
その後また倒壊して1700年代に現在と同じ高さの24mと高さになったらしい。
古代に96mの建物を造る技術があったのか、ということはいわずもがな。
14世紀の48mでさえ技術的に難しいだろうから、これらの伝承はあまりにも非現実的であると、つい10年前まで言われてきた。
ところが2000年に発掘調査で直径1.4mの柱3本組の遺跡が発見されて、現実味を帯びてきた。
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これが発見された柱の跡の再現。一個が直径1.4mで3本の直径は約3mある。
14世紀の48m時代のものとされる。
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出雲大社復元図 (原図 張仁誠氏 復元 大林組 画像のソース: bell.jp/pancho/travel/izumo/izumo%20taisha.htm)
これある意味エジプトのピラミッド並に凄いことと思う。
最初の96m時代の柱がもし発見されたらと考えるだけでロマンが広がる。
よくよく考えると、大社の最初の造営より数十年あとの時代には東大寺に100m近い五重の塔があったと言われているから、決して96mありえないことじゃないように思う。

それにしても古代において、こういう壮大なものを造った理由は何なのでしょう?
この過去の型破りに壮大な本殿といい、本殿での南面ではなく西向きの御神座(当然、拝礼者は正面ではなく横向きの神座に向かって参拝する形?)といい、天皇家でさえ本殿に入れない決り事といい、謎だらけの出雲大社であった。
この辺の事情の謎解きはちょっとキハモノだけど昔読んだ井沢元彦氏の「逆説の日本史」だったかの「主祭神である大国主神の怨霊封じ込め説」が奇抜な解釈で説得力があったような・・・。

どちらにしても修復前の現状と檜皮葺きを全部取っ払った段階でも一般公開する(本殿の内部が見えるかも・・・)そうですから、ぜひこの機会に参拝されることを勧めます。
そして寄付してあげて下さい。ハイ

この後、駐車場にもどった時、なぜかデジ一のニコンをコンクリートの地面に落としてしまう。
「ウギャー、やベー」と叫ぶ自分。
家族からは「何かバチが当たったんやー」と揶揄されるも、奇跡的にキズもなく動作に問題もなかった。たぶんレンズのフード側から落ちた模様。
丈夫なニコンに安心しました。
これも御利益と前向きに解釈。

その後今日の宿泊地、玉造温泉に行く。
今日の運転距離510キロ。
一日目終わり・・・続く
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