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今頃、9月の話です。

某日、親を連れてドライブに行く。
まあ今回は老齢な親も同伴なので、なるべく足場のイイところということで行ったのが

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こういうイビツな建物がたくさんあるところ。
これは年配の方なら直ぐに判る”掩体壕”でございます。

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簡単に言うと、戦時中に航空機を敵の空爆から守るために地元も人々の勤労奉仕で旧日本軍が造った軍用機格納庫のこと。
この地は戦時中に航空隊があった関係で掩体壕がたくさん残っている。

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ちなみにこの航空隊は末期にはほとんど特攻隊であったらしい。

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こういう航空隊があると、戦争末期には付近には当然空襲があり、隣接する集落にはかなり激しい空襲があったらしい。いまだに小学校の塀には機銃掃射の後が残り、旧滑走路付近にはバクダン池もあるらしい。
探してみたらこんな建物が、

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よくよく見ると壁に機銃掃射の後がある。

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まあ、こういうモノは末永く残してもらいたいものです。

次ぎに行ったのは、

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五百羅漢。
まあ、一体一体の顔や表情、姿勢が違うので、誰でもこの中にソックリさんがいるらしいんだけれど、
ウーン・・・、

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コレかな?

どっかの・・・。

その後、
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神宮に行く。

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残念ながら蓮はもう終わり。

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この奥の八幡造の本殿が国宝である。
ここに来ていつも不思議に思うことなんだけど、一ノ宮が応神天皇で二ノ宮が比売大神三ノ宮が神功皇后ってことだけど、なぜか二ノ宮の比売大神の社殿が一番大きいんだよね。
比売大神(ヒメノオオカミ)というくらいだから女の神様であるのは間違いないんだけど、格も皇族の伊勢神宮に次ぐ宗廟ってことで相当に高いんだけど、応神天皇や神功皇后を差し置いて中央に鎮座する比売大神って何者?という疑問。
一応、比売大神は宗像三女神ということになってはいるんだけど、宗像三女神を祭る神社は宗像大社、沖の島とかすでにあるし、そもそもなんでこの地なのか?なぜ三女神をまとめて比売大神なのか?この権威がどこから来るのか?
まあ出雲大社のときも祭神が正面を向かず横向きで、脇を天皇が固めるという、荒ぶる主祭神を脇の神が押さえるような形になっているということで、けっこう不思議な造りだったんだけど、ここの造りもちょっとよくわからない造りである。
ちなみに大正期?の本殿改装のときに石棺らしきものがあったという証言があり、本殿の位置が緩やかな丘になっていること。丘の造成跡地が池(写真の蓮畑)になっている等の理由で、この地が卑弥呼の墓の跡ではないかという説が根強くある。
(ただし最近は畿内説、巻向の箸墓古墳が有力ということになっているが・・・)

まあ妄想する分には自由なんでおおいに妄想しましょう。ハイ
 長くなったので終わりにします。
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