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ということで久しぶりのオーディオネタ。

なんとテーマが「オーデイオ機器における『音楽性』について」である。
なんて無謀にして不毛、かつナンセンスなテーマなんだろうとは思っている。
不遜ですらある。
オマエのような半人前以下が「音楽性」を語るか!とどこかの筋からお叱りを受けそう。
まあそういうことは重々承知の上で語ってみよう。

そもそもオーディオ機器に「音楽性」という曖昧な価値評価を持ち込んだ理由は、まさに「音楽性」としか言いようのないある種の漠然とした価値基準が存在すると考えるからである。
考えてみれば、自分が今欲しいオーディオ機器はなぜか最新機種にはほとんど無くて、むしろウン十年前の製品(必ずしもヴィンテージとは限らないが・・)の方にたくさん集中している不可解な現象(例 CDプレーヤ最初期のCD34やフィリップ2000と最新のデジタルプレーヤの音を較べて、貴方ならどっちを選ぶ?と言う話)や、この10年以上、オーディオ再生で自分が求めている方向は明らかに音楽の「忠実度」や「正確さ」ではなくて、音楽の「感動度」やある種の「ゆらぎ」としか言い様のないモノであることから、オーディオ機器の「音楽性」という”性能”をなんとなく意識するようになった。
やっかいなことにこの「音楽性」とやらの”性能”はなぜか最新機種には希薄で、過去のヴィンテージと呼ばれるモノに比較的有しているものが多い。(というか、音楽性があったがゆえにヴィンテージになりえたというべきか・・・)

一般には絶えず世の中は少しずつは進歩しているのであろうから、”最新機種が最高性能である”という判断は大多数が認める正当な見方思われる。クルマやパソコンなんかは間違いなく最新機種が最高性能である。オーディオに近いAVすなわち「映像」の分野も最新機種が間違いなく最高性能である。
ところがなぜかオーディオ機器に限っては、この論理がかならずしも通用しない。一番わかりやすいのが最新オーディオショウに行っても感動する音が聴けるとは限らないということかと。
考えてみれば”最高性能=最高の感動が得られる”という前提がそもそも間違っているのかもしれない。
もしかしたら”最高性能=正確な音楽表現”なのかもしれない。(ココでは敢えて音楽表現という言葉使っています。)
自分の場合、音楽の感動を得られるひとつの尺度として「音楽性」という”性能”評価があるように思う。

今までの経験上、「音楽性」と言ってもコレが得られるためにはある程度の物量を投入したものでないと得られない傾向がある。これも考えたらちょっと不思議なことではある。
一般的には性能の追求は”軽薄短小”の方向に向けられるから、大衆化するために最低限のスペックを維持しながら絶えずコストダウンとコンパクト化とコンビニエンスが求められる。
最初の原器の性能がバージョンアップに従い必ずしも発展するのではなくて劣化していくということも特にこのオーディオ業界には多く見られたように思う。
自分が求めているのがどうもこの”原器そのもの”の性能みたいです。

(ここで一旦終わり)



CIMG3801_20110506004723.jpg
自分の中では”最も音楽性が高い”という理由で使い続けているマランツ。ちなみに2台所有。
この前はマッキンのプリでした。(現在も所有)
マッキンのプリ導入にあたって当時、価格も同等であったA社の某280のプリとさんざん迷っていましたが、たまたま借りたマッキンC32の音の音楽表現にショックを受けて試聴もせずに出たばかりのマッキン34vを導入。このときA社の音のイメージは高性能だけど”音楽じゃなくて音が中心”が強かったような・・・。
でも残念ながら34vは32に較べて”音楽性”が希薄であった。
その後今のマランツを聴いて34vが圧倒的に音楽性で負けていることにより現在の状態に・・・。ハア
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