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2012.02.26 寺に行く
某日、上娘に言われてなんとなくドライブに行く。
今回の目的は「寺」。
前にも書いたけれど、上娘の「そ」は一時嵌っていた「廃墟」から最近は「寺」に興味が移ったようだ。
ただし、どちらかというと寺は寺でも「珍寺」の方ばかりで、まあ「珍寺」ならば、まあ夜になるとジャズが聞こえるという都市伝説になっている寺ならよーく知っているけれど(最近、更にパワースポット化して小学生やその父兄あたりが御利益を受けに、恐る恐る見学しに来るらしいけれど・・・)、珍寺ばかりを好奇心だけで参拝するのはバチが当たる、たまには由緒正しい歴史のある古刹あたりにも行ってみた方がイイのではということで今回のドライブになった次第。

今回訪問したお寺は重要文化財のある古刹である。
建立は8世紀前半位らしい。優に1300年以上前からあるお寺というこになる。

IMG_1250.jpg

ここのお寺の仁王像、阿形、吽形のそれぞれ後ろ、須弥壇の門になっている戸に赤い円形のものがあるのがちょっと面白いところ。

拡大すると、

IMG_1248.jpg

そう、菊の御紋。
要するに天皇家の紋章。
なんでも、謂われでは、鎌倉時代、元寇で日本が危機にに陥ったとき、全国の名だたる寺に幕府(もしかして天皇家?)が国家守護の祈願を要請したらしい。で、祈願の甲斐あって国土が守られたんだけれど、その時に褒美として天皇より菊の御紋を賜ったらしい。
仏教と神道の融合というか、普通、両者は相反するものだと思うんだけれど、この地はなぜか神仏融合された古刹が多い地域で有名でところ。
融合してしまう事情は歴史的な背景、当時の政治的な事情ではなんとなくわかるんだけれど、純粋な宗教の教義の立場では明らかに反するモノをどう辻褄を合わせたんだろうとずっと疑問に感じております。
もしかしたら日本人の深層では仏様も(もしかしたらイエス・キリストでさえも)八百万の神の一つとして考えているんじゃないかと薄々感じています。クリスマスの後、一週間後には初詣で神社参拝する国民性だもんね。
ここのお寺は元々は付近に何個もの寺坊があったしい。現在残っているのはなんとか残ったお堂一つのみということらしい。
7百年前に消失し、なんとか残った物を一カ所に残し、結果、この狭い堂に(大堂という名前ではあるけれど・・)如来様以下、日本最大の明王像等や四天王(残念ながら撮影禁止であった)を詰め込んだ状態で何百年か過ごしてきたってことで、明治以前の当時のお寺の扱いって、後に国宝になるようなお寺であってもけっこう酷い扱いだったのは間違いないみたい。この直ぐ近くにある有名な国宝のお寺は昔は近所の農家の物置みたいな扱いであったとも聞いたことがある。(あそこは今でも平気で建物内にに人を入れているけど、それは止めるべきと思う。悪意があれば壊されそうなんだもん)
そういえばここに来たのは小学校の社会見学以来だけれど、以前は、如来像以下すべてこの堂に安置されていたような気がいたします。
それにしても如来様や明王像の格調の高さ、出来の素晴らしさは、奈良の国宝の仏像群にもひけをとらない位のレベルだと今回大いに思いました。
こういう仏さんをみるとまた奈良や京都に仏像巡りをしたくなります。

IMG_1251.jpg


まあひっそりと朽ち果てる無常観というのが全体を支配している感じです。


平安時代の荘園が残った地であります。

IMG_1254.jpg
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