今号は異常に長い(本ブログ史上たぶん最長!)ので興味の無い方は無視してください。


新幹線で夕方6時半に福島市に到着。

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おっ、「こけし」だ。
上娘が喜びそう。
なんたってアイツはコケシの専門誌(確か名前は「こけし時代」だっけ?変じゃね?)を読んでたくらいだし。

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この後ホテルでチェックイン後に今回の参加者(九州より11名が参加)のかるーい夕食会兼宴会が開かれるんだけど、このときの話は別稿で。

翌日朝5時半に起床。
外はまだ真っ暗け。
前日東京駅で買ったパンを食べる。高いくせにもう硬い。ボリやがって。
6時15分にホテルのロビーに集合し、地元の活動家とともに一路”南相馬市”へ。
目的地まで約70キロくらいあるらしい。

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途中のセブンで昼飯をあらかじめ購入。
ボランティアの場所は放射線の線量がまだ強く、日中は入れるけれど夕方5時以降は滞在禁止らしい。
よってコンビニなど営業しているはずもなく事前に用意しておかなければならない。
福島市の途中から完全に雪になっていた。

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”飯館村”に突入。
ここは放射線量が高く、居住できないらしい。
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ブランド牛の産地だったらしいけれど、うーん。
このあたりからちょっと街がゴーストタウン化していく。
 
原発からより近い南部のいわき市や南相馬市の北部は全戸非難が解除され居住でlきるようになったにもかかわらず原発からちょっと距離のある飯館村の全戸非難が解除されないのは、
s-20110314-832700-1-L[1]
この原発の爆発の時、北西に向けて風が吹いていて浪江町(DASH村があったので有名)や南相馬の山間部、飯館村に主に高濃度の放射能を含んだチリが飛んできたためらしい。

地図で言うと、

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こういう状態。

ちなみに本日のボランティア場所は南相馬市の南西部の小高地区ってことなんだけど・・・。
大丈夫なのか?と地元の活動家に聞いても、「そんなこと気にする方はボランティアに参加しないほうがいい!」と言われて、
まっ、いいか、と楽観的に考える自分。

これ南相馬の市役所だけれど、この周辺は全戸避難が解除され現在は居住許可はおりている。
海に近いので雪は積もっていない。
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この後、南相馬市は原町の社会福祉協議会へ。
ここは居住できない地域なので5時までに退去しなければならない地区。
ここに「災害復旧復興ボランティアセンター」がある。

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ボランティアの心構えを今一度確認。
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受付する。
この日の参加者は約40名ほど。

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作業としては個人の家の復旧の手伝い。
具体的には自宅周辺の雑草刈りや荷物移送等の手伝い。

9時くらいに出発。

信号待ちの間見たこの家、ガラス窓が壊されている。
略奪にあったらしい。

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人気のいない各家をよくよく見ると、同様の状態の家がそこかしこにあった。
歩くヒトの姿をさがしたけれど、見つからない。ほぼ無人の街、ゴーストタウン。玄関から今にもヒトが出てきそうなリアルな感じはあるのでちょっと不思議な感じ。
町並み自体は九州の町並みとまったく変わらず、ただヒトだけがいない。生活感がありそうでまったく無いというちょっと変な感じ。
こういう景色をずっと見て思い出したのが村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」に出てくる「世界の終わり」の街だった。
最低限の生活は行われているが、それは未来のない人々の生活、目的や希望、娯楽を持ち得ない、昨日と今日がまったく同じ街。
ただ食べて、ただ寒さをしのぎ、ただ生きていくだけという街。


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これ田んぼだったのだけれど、原発事故以降は線量が強いのでそのまま放置。
ほとんどゴルフ場のブッシュやラフみたいになっていた。
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ボランティアの作業自体は庭周りの雑草刈りや自宅周辺の雑草、ゴミの整理くらいで単純作業。
草刈機であっという間に終わらせる。

依頼者(60代の女性)は典型的な農家住宅の居住者。震災前に横に高速道路が出来て、一部立ち退きになったので本宅の横に息子夫婦用の新居を作ったものの、ほとんど居住するまもなく震災が起きてしまい今は福島市内の仮設住宅に住んでいるらしい。
家自体は本宅と新宅で120坪以上に大豪邸なんだけれど、息子夫婦はさすがに放射能を気にして帰ってくる予定はないらしい。
ちょっと悲しい現実を聞いてしまった。

水や電気のライフラインが止まっているのかと思いきやこの地区はフツウに利用できたので、大量の汗をかいたワタシは顔を水でザブザブと洗ったのだけれど、よくよく考えたらこれけっこうマズイような。
まあ小さいことは気にしない。

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集めたゴミ。

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この日は1月17日で阪神大震災からちょうど20年目ということでテレビの取材が来ていた。


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もう1件のほうにも行くことに。

途中除染作業をしていた。
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ちなみに除染作業とは農地等で(汚染された)表面の地表を数十センチ削って行く作業。削った土は各場所に大量に積み上げられていた。
ただし除染をしたから安全ということは必ずしもなくて、この地区自体がいくら農産物を作ろうが線量が高いので商品にならないらしい。作った作物をモニターして線量が下がったら避難から戻っても自立できるだろうけれど現状は相当に厳しいようです。

もう1件の作業は荷物運びと空き家にした家の掃除。
もうすでに荷物は移動したあとだったのでワタシの作業は家ののかを掃くだけ。

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でもここの依頼者に聞いたら、この家(ここも2件の家と小屋、小屋といってもフツウの家くらい大きい、延べにして130坪以上は建坪はありそう。)壊すそうです。
なんでも地震でやられたとのこと。線量も高いので住めないそうです。
持ち主に言わせるとこの家を全部壊す費用は1000万以上かかるらしい。
国や県から補助は出ないんですか?と聞いたら、単純には出ないので、全壊認定してもらえば少し補助が出るかもということらしい。
ここの家、後ろが杉林でなかなか涼しそう(ワタシは花粉で駄目だけれど・・)な立地で、地震と放射能さえなければ実に豊かな住宅条件と思うんだけれど、壊すと聞くと、他人の家なのに妙な感慨があった。
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この家の前に大量の落ち葉が落ちていて、依頼主はそこまでしなくともいいよ!と言われながら結局ワタシが率先して落ち葉を拾いキレイにしたんだけれど、後で地元活動家のヒトが言うのには、「落ち葉が一番線量が高い!」らしいということで、
どのくらいあるんですか?と聞いたら「うーん、・・・・・たぶん4から5くらいあるのでは・・・」といわれ。

4から5が高いのかどうか知らなかったのだけれど、家に帰って調べたらかなり”やばいレベル”なのね!
地元県が0.03から0.04マイクロシーベルト。
福島市で0.05から0.08ぐらい。
全村避難の飯館村で0.4から1くらい。
小高地区で0.1から0.4くらい。
うーん、高いなあ。
まあ時間にして1時間もやってないし、たぶん半分は冗談だろうし、まあこの地区のボランティアでそんなこと気にしてたら何もできないし。
まっ、いっか。

長くなったのでここで一旦やめます。
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