3月に次女「ぼ」の卒業式があった。

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今どきの大学卒業式は袴が主流らしい。

にしても次女の学生生活のリア充の度合いは半端ない。
高校時代はカヌーに明け暮れ、2年時にはIHにも出場できた。(ほぼ補欠だけれど)
高3の8月末まで勉強より部活優先だったくせに、9月に変わったとたん3年時にIHに出場できなかった悔しさをぶつけるように勉強に明け暮れ、うまく受験モードに切り替え、いつのまにかそこそこの大学の合格までこぎつけてしまった。
正直に言って、小学生の時とかのイメージでは次女よりも長女の「そ」のほうが想像力の豊かさというか”独特な頭の良さ””を感じさせた。
次女のイメージはくそ真面目さというか、間違ったことは嫌いという正義感の強さ、先生から言われたことは必ずやるというある種のバカ「正直」さであった。(そう意味では自分と真逆です!ハイ)
あと甘えん坊で中学までは友人と遊ぶよりも家族でいくドライブや買い物を優先していた。遊びにきた友人「いないと言って!」と居留守していたくらい。昔はよく次女と二人でラーメン屋に行ってたなと思う。
よって成績とかあまり期待していなかったし、このままそばにいて可愛く過ごしてもらいたいと思っていた。
しかし、中学2年くらいに学年の順位を聞いて予想外に上位(なんと学年270人いてヒト桁台)凄く驚いた記憶がある。
「なんなんだろう、こいつ?」と思った一番最初。
その後高校(ワタシの母校でもある)に入り、中学時代の「放送部」からなぜかハードでダーティな「カヌー部」に。(ダーティというのは、川に沈したら全身泥臭くなる。何度かその状態で帰ってきた。)
この時も「なんなんだろう、こいつ?」と思った。
高校入っていきなりのテストでまたまたヒト桁台の順位だったときはぶったまげてしまった。

大学に入って高校時代はカヌーだったんだから入るサークルも体育会系だろうと思っていたらなぜか「落語研究会」!
このときも「なんなんだろう、こいつ?」と思った。
高校時代までの印象だとくそ真面目過ぎて冗談が通じない、人前でしゃべるといつもモジモジというイメージだったので、こいつにお笑いは絶対に無理!と思っていた。
(その点、上娘の「そ」は最適だったはず。人前でも堂々としゃべるし、お笑いのカンは打てばすぐ鳴る反応の速さ!)

まあ、ある意味「努力と勤勉の人」なんだとは思う。
常に自分に足りないものを自覚し、足りないものを補完し自分を高めてくれるステージ、グループに率先して飛び込もうとするある種の勇敢さを持った人間なんだろうと思う。
言われるまでもなく、自分とはまったく真逆のタイプの人種です。(自分だと、努力が大嫌い、飽きっぽい、過去にしがみついて引きずる、自分の殻を破れない・・・等)

次女に引きずられていろんなところに行ったり(香川とか、嬉野とか他県に行くことが多くなった)また大学祭で今どきの学生生活を垣間見たり、いろいろ楽しませてもらったなあと思います。
前向きな気持ちにもさせてくれたと思います。

この場を借りて「ありがとう」と言っときます。

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うーん、今どきの子はキレイな子が多いンデスネ。
そもそも定年まで残り数年という今の年齢で単身赴任するような転勤辞令が来るとは思っていなかった。
さすがに最初はちょっとショックだった。
最初は遠距離を通勤しようかとも考えたけれど、往復で約3時間かかりそうだし、24時間の内、3時間が通勤でクルマの中で過ごすことをよくよく考えてみると、1か月の内約60時間、1年だと約720時間はクルマの中ということ。
そう、1年で換算すると1か月間クルマの中の生活になってしまう。
さすがにこれはマズイだろうということで、調べてみると単身生活を選択すると住居は勤務先の借り上げだし単身赴任手当も支給される。10年前の単身生活も不便な部分もあったけれど、思い起こせば単身生活でないと得難い独特な自由さもあったではないか。

というようなことで単身赴任を選択。
まあ帰ろうと思えば帰れるし、ちょっと別荘を持った気分?で気楽に行こうではないか。


どうせ単身生活するなら、なにがしかテーマを決めてそのテーマに沿って集めたり体験したり学習(?)してもいいのではないか、と考えた。
思えば既存の趣味、レコード集めやオーディオ等はこの数年行き詰っている状況。
レコードコレクトはすでに所有しているレコードを2枚目、3枚目と予備用に買ってしまったり(ある意味末期症状)、専門分野ではない未踏の挑戦的な分野(下の記事の水原弘とかちあきなおみとか・・・)に手を出し始めている。
オーディオなんかこの5年まるで変化がないではないか。(でもないか?EMTの導入はあったような・・・)

どちらにしても集合住宅なので派手に音を出すのはマズい。
なら、何をやる?

ということで思い出したというか、現在進行形なんだけれど、現在読んでいるマンガの世界。

これです。

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そう、ワイン!

実はこの「神の雫」を読み始めたのは、去年あった「ワイン博」の反省から始まったもの。
約70種類以上のワインを飲みながら最後はなにがなんだかわからなくなってしまった。
せっかくボルドーの一級ワインである「オーブリオン」を飲みながらその真価をほとんど理解できなかった。
「神の雫」とともに同時進行でワイン漫画の「ソムリエール」も読破済み。ついでにこの後ちょっと古いけど「ソムリエ」や「瞬のワイン」も読み返そうと思っているところ。
何事もきっかけが大事。まあ取っ掛かりはマンガできっかけを掴み、よりディープに入っていこうと思うと「ワイン王国」のバックナンバーを漁るのもいいかもしれない。
考えたら10年前の単身時代にブログで1年に100本のワインを飲む!と宣言したこともあったと思う。(結果は約70本で終了)
今回は前回の反省を踏まえていいワイン(たぶん必然的にちょっと高価なワイン)しか飲まないようにいたします。

ちなみに上の写真に写っているワインはブルゴーニュの村名ワイン! 今度紹介いたします。


2018.04.05 復活します!
去年の8月以来記事を書いていない。
やはりいろいろ言ってもトム子を失ったことが一番大きかったように思います。
それでもさすがに半年も経つとさすがに立ち直らなければと(実際はすっかり忘れていたような・・・)とそろそろ再開しようか考えていたら予想外な事態が・・・。


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この写真は違うなぁ。

そうなんです。

転勤しちゃったんです。

で、今、単身赴任なんです。



ってことでせい正式に再開することを宣言(という言い方もおかしいけど・・)いたします。


ネット環境が変わったので写真を上げられるか実験している状態。
なんせ光が通っていない地域らしいし。うーん。





ともかくも再開!
あっという間の1か月。
いまだにトムロスの症状があり、玄関出るときやクルマで帰ってきたとき習慣的に犬小屋のほうを見てしまうという・・・。
寂しいですなあ。


ということで気分を変えて久しぶりのレコードネタ!

この10年、大体年間100枚以上のレコードを入手していたんだけど、最近ここにきてペースが落ちつつある。
昔はやみくもにまとめて20枚とか、50枚とか、一枚一枚入手するのが面倒臭かったので大人買いというかバーゲン物の大量買いをやっていたように思う。
たまにその中にレア物(例えばジャズでいうとRVG盤とか・・)とかがあったりしてそれはそれで旨味があったんだけどレコードを置くスペースにも限界があるのでさすがに少しずつ吟味しながら入手することが多くなった。
まあー年齢から言っても入手したレコードを果たしてあと何回聴けるか?という根本的な命題もある。
で、最近は好きな曲、興味のある演奏に絞って入手しているような気がする。

たとえばコレ!

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オクで落札したレコード。

何かというと、


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水原弘!
今は亡き演歌の大御所!

なんで今更「水原弘」なんだ?なんで演歌なんだ?という疑問が湧くだろう。(なんせワタシは演歌嫌いだし)

理由はコレ!

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そう「黄昏のビギン」!

まあこの曲といえば、

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この人のが有名なんだけど、なんせCMで使われていたということで知名度が大きいんだけど、「黄昏のビギン」といえばちあきなおみ、ちあきといえば「黄昏のビギン」の印象はある。
しかし「黄昏のビギン」は元々は水原弘の出したレコードみたいだ。(有名な「黒い落葉」のB面として)
今回独特な低音が魅力な水原弘の歌う「黄昏のビギン」がどんなものか期待して入手したところ。
期待に違わずなかなか良かった。
この曲、しっとりとして和のイメージが強いけどスタンダード化されて外国の歌手が歌ってみても面白いと思う。

ところで、ちあきなおみは演歌歌手ではないのか?という疑問もあるだろうけれど、今回の水原のレコードを聴いてみた結果感じたのは水原にしてもちあきにしても唄が半端なく上手いのでおそらくどんなジャンルでも歌えるということ、日本では演歌的なものが商業主義に乗ったので演歌歌手の枠になっているけれど、一部のスケールの大きい歌手は演歌的な歌謡界の枠からも飛び出しているということ。(最近では由紀さおりがそうい歌手)
また個人的にはちあなおみきの場合はあの表現力の凄さはよりシャンソンに近いイメージを持っている。
ここまで書いてわかったのは自分が演歌を嫌いな理由はあの独特なこぶし回しに技巧的計算やあざとさ、ごまかしを感じるからというのはあるなぁ。
確か村上春樹が、美空ひばりの歌うジャズナンバーは演歌的な「こぶし」を感じてまったく聴く気になれないということを書いていたがこの点は自分も大いに同意するところ。

一方で「黄昏のビギン」を作った中村八大、永六輔の偉大さというのはある。
まあこの二人といえば、

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これなんだけど、この曲のメロディー、歌唱は世界で人種、民族、言語を超えて聴かれてきたということで、人類に共通する普遍的価値感というかある種のツボみたいなものに届くってのがとんでもなく凄いと思う。 
残念ながら入手したこのシングル盤の盤質は非常に悪かったです。 

ついでに

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こういうのも入手してみたんだけど、これはダメ!
ジャケ写真に惹かれたってのはるんだけど、歌唱も録音も盤質もすべてダメという久しぶりの ダメダメレコードでした。

終わり。

  
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かねてより療養中でありましたトム子が7月5日永眠いたしました。
享年16歳と6か月。
この犬種としては異例の長寿であったと思います。(通常、ボーダーコリーは13歳前後の寿命らしいです)
まさに大往生であったと思います。
生前は小心ながら気難しく獰猛な性格ゆえ、各方面に多大な迷惑をかけることもありました。
のべにして8人くらいを病院送りにしたように思います。
この場を借りて陳謝いたします、と同時にそれでもなお愛玩していただいたことに厚くお礼を申し上げます。



以下、トムクロニクルとして大量の写真をあげます。
興味のある方のみ閲覧お願いいたします。
あきれるほど大量にあげますので面倒と思った時点で飛ばしてください。






誕生日は2001年1月5日。
生まれは名古屋。両親はオーストラリア出身らしい。
この犬種が固定されたのは比較的新しい(20世紀)らしく多分オーストラリアでは牧羊犬として利用されていたのではと思います。
この犬種はあらゆる犬の中で最も頭がよく、また体力的にも足が速くスタミナもあるので労働犬として牧羊に利用されている模様。
山口にあった今はなきニュージーランド村に行ったときに羊を追い込むショウとしてボーダーコリーが大活躍していたのを思い出します。
また映画「ベイブ」でも準主役のような位置づけでした。

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前年に一戸建ての家に住み始めて、何か動物を飼いたいという風に漠然と思ってはいました。
たまたま近所のホームセンターのぞいたらボーダーコリーの子犬が売り出されており、値段も安かったので即購入いたしました。(血統書付きで確か10マンそこそこ)
生後2か月でウチにきました。
トムのみ、ひときわ元気に吠えていたのを思い出します。
名前の由来は尻尾がトムとジェリーのトムの尻尾みたいだったからです。(要するに先だけ白い。)

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当時より上娘の「そ」は動物が好きであり、動物の中でも特に「パンダ」が好きであり、「パンダはウチで飼えんんの?」と言っておりましたから、パンダの代替としてのボーダーコリーの導入というちょっと不埒な動機で飼い始めたわけであります。

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最初は3か月過ぎるまでは外に出してはいけない、ということでワタシのオーディオ部屋で飼っておりました。

その後4月に外に出し、犬小屋も前年の家を建てたときの廃材でつくりました。
家の中で飼うという発想は全く湧きませんでした。理由は元々牧羊犬は労働犬であり、性格上、絶対に室内犬に向かないこと。また過去ボーダーコリーを飼った人の体験記の中でボーダーのせいで家が破壊、倒壊されたこと等、知れば知るほどけっこう恐ろしい犬であることが分かったためです。
2001年4月
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その後、たれ耳だったのに耳が立ち始め、
2001年7月
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なんか白黒パンダ模様の狐みたいになり、

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2002年
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だんだんそれらしく精悍になっていきました。

このころより野を走るのが大好き(本能か!)で、

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そうです、だんだんフリスビードッグとしての能力を発揮しだしました。
フリスビードッグとしてボーダーコリーは有名ですが、ボーダーコリーのすべてがフリスビーを必ずできるわけでは当然無く、ボーダーのなかでもできるのはいいとこ3割~4割くらいらしいです。
今まで散歩で会ったボーダーも半分以上は「ウチのはできない」といっておりましたから、最初の一投でいきなり追いかけて咥えてもってきた時点でこいつはフリスビー犬の才能ありと確信いたしました。
フリスビーは大会を見には行きましたが出場するまで至らず。
でも公園での練習ではロングで最長50m以上(最大で60mくらい)はキャッチしていたし、過去2回しか成功していないけどジャンピングフラッシュターン(当方の勝手なネーム付けです。要するにフリスビーが飛んで切るのを背面で感じながらタイミングよくジャンプして体をターンして空中でキャッチするという離れ業。大会でこれやると高得点らしい。)もできていたし。

ここでフリスビーをしている動画をあげる予定だったのだけどなんか操作方法忘れてしまったのでパス。

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3歳から5歳くらいがフリスビーが一番上手かった時期だけど、一方で一番狂暴で近づきがたかった時期だったと思う。

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 飼い方(ちゃんとしたトレーナーにつける等)が悪かったせいか、ちょっとひねくれた性格にもなった気がする。

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それでも基本的にはフレンドリーな性格で、ロープを引いているときは子供にも自由に触らせていたと思う。

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だけど基本的に気分屋で、妙に頭がいいせいか、これはやっても無駄だ!と思い込んだら一切やらない性格であった。
合理的といえば合理的。たとえば「お手!」を教えて2.3回ですぐ覚えるんだけど、お手をして餌をもらえるという計算でしたがっているだけで最初にこいつは餌をもっていない、散歩にも行く気がないと判断したら小屋から出ない、顔も合わせない、目線をそらすということを平気でやる犬であった。

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これなんか、わざと目線を合わせないとき。

そういう意味では犬というより猫に近いように思う。
要するに「ツンデレ犬」であった。

それでも寄る年波には勝てず、

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顔にも白髪が増え、

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蚊で痒かったので口で噛み、化膿して蠅がたかり、傷口には蠅が卵を産み、体の中でウジが湧き、すんでのよころで命をとりとめる。2015年のことであった。

これが原因か、相当に体力を失い、2016年暮れには散歩もせいぜい歩ける距離がだんだん短くなり、

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散歩は主に家の敷地内ばかりになって

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今年の3月にはいよいよ立てなくなり、病院に行くにも

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こういう状態。
この時点でまだ目は死んでいなかったけれど。

その後はトイレができないのでオムツの寝たきりになり、それでも食欲だけはあったのだけれど、7月になり食べるのも水を飲むのもきつくなってこりゃ長くないなあと思っていたら、5日の日、仕事から帰ってきたら妙にその日は息が荒く、また目もほぼ開いたままで、たまに瞬きするだけ、水も飲まないし、これはヤバいと思っていた。
その日の夜11時くらいに一瞬妙な鳴き声がして、連れ合いから急に呼び出され(その時わたしは映画見ていました。ちなみに「ジェイソン・ボーン」です)見に行ったら息が止まったり回復したりと危ない状態。
思わず大きな声で「トムー!」と何度も呼び掛けると口を何度か動かし、反応しようとしていたみたいだが声にならず。
その後おおきな伸びをして手足が突っ張った状態で息を引き取りました。(涙)

まあ亡くなった顔は実に穏やかな顔をしており、おもわず心の中で「今までありがとう」とつぶやいていました。

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上娘の「そ」は連絡したらすぐに帰ってきて、まだ温かい体のトムと対面いたしました。

下娘の「ぼ」は翌々日に模擬試験が控えているにもかかわらず、また大雨の影響で電車が遅れてるにも関わらず翌日帰ってきました。
翌日、仕事は休みを取り、弔いいたしました。

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壁にはこういう詩が張られていました。

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1時間ほどで焼却も終わりました。

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骨拾いして帰りました。
こういう姿を見るとさすがに「生きることの無常」を感じます。

骨壺は家に置いてあります。
いづれ家の敷地に埋める予定です。

まあ、やんちゃでたまに噛みついて迷惑かかけたけれど、基本的には家族の一員としてフレンドリーないい犬でありました。
16歳6か月という年齢からして人間でいえば100歳近かったとおもいますが、大往生になるのかなと思います。
トム子に引っ張られて散歩に駆り出されたことでただでさえ運動不足な飼い主の健康状態に多大な貢献をして寿命を延ばしてくれたのだろう思います。
最後の数か月は体が痛くてきつかったと思います。
今後は安らかに眠ってもらいたいです。

トム 今までありがとう。